EP 5
『女神のソシャゲ、サーバーダウンの危機』
「あぁぁぁぁっ! 嘘でしょ!? ちょっと、通信エラー!? ここで!?」
天界セレスティア。
世界の理を管理する女神ルチアナは、色あせた芋ジャージ姿のまま、愛用の魔導スマホを握りしめて絶叫していた。
画面には無情にも『サーバーとの通信が切断されました』の文字。
現在、彼女の最推しであるアイドル『朝倉月人』の期間限定・水着SSRピックアップガチャの真っ最中である。しかも、天井まであと一連という奇跡的なタイミングで。
「なんでよ! ルナミス帝国の『魔導通信サーバー』、最近やたら落ちるじゃない! これじゃあイベントの周回もできないわよ!」
原因は明確だった。
ポポロ村の宮河金吾が仕掛けた『肥料革命』と『石油製品の流通』により、帝国の金貨の価値が暴落。燃料である魔石の高騰を引き起こし、帝国は公共インフラ――特に莫大な魔力を消費する『魔導通信塔』の稼働時間を削らざるを得なくなっていたのだ。
「ええいっ! こうなったら直接文句を言ってやるわ!」
女神はスマホを握りしめ、天界から下界へと文字通り「飛び降りた」。
◆
ポポロ村、ルナキン・ポポロ支店。
深夜の平穏は、天井を突き破って降臨した『神気』によって破られた。
「金吾くぅぅぅん!! 助けてぇぇぇ!!」
土煙の中から現れたのは、涙目でスマホを掲げるジャージ姿の女神だった。
「……天井の修理代、金貨百枚(約百万円)請求しますよ、ルチアナ様」
俺は赤マルの煙を払いながら、冷たい視線を向けた。
「そんなのどうでもいいの! 帝国の通信サーバーが死んじゃったのよ! 私の月人君(SSR)が虚空に消えちゃう! あんたのところの変な泥(石油)で、どうにかサーバーを動かして!」
女神が俺の足元にすがりつく。
……世界の管理者が、ソシャゲのデータのために人間に土下座している。世も末だ。
「断ります。帝国のサーバーにうちの燃料を回す義理はない。通信が死ねば、帝国の軍事連携も崩壊する。俺にとっては好都合だ」
算盤を弾くまでもない。敵のインフラ崩壊をわざわざ助けるバカはいない。
「……あーあ。神様、泣いちゃってるね。……金吾、その神様、あたしの『アリス式・廃棄物シュレッダー』で処理していい?」
床で謎の基盤をいじっていたルルカが、物騒な提案をしてくる。彼女にとって、エラーを吐いて泣き喚く神など、パズルを邪魔するノイズでしかない。
「待って、ルルカちゃん! シュレッダーはメッだよ!」
キャルルさんが、慌てて俺と女神の間に入った。
彼女は女神の背中を優しく撫でながら、悲しそうな顔をする。
「ルチアナ様、大丈夫ですか……? 一生懸命頑張ってた遊びが消えちゃうの、悲しいですよね。……金吾くん、私たちで助けてあげられないかな? 村のピカピカ(電力)、少し分けてあげようよ」
「村長。ゲームのデータ一つで、帝国の寿命を延ばすことになりますよ?」
「うん……でも、泣いてる人をそのままにするのは、北極星の役目じゃないもん」
キャルルさんの、狂った算盤。
世界の敵対関係も、経済的な合理性も、彼女の『無償の愛』の前では意味をなさない。ルルカがその様子を見て「……やっぱり村長の挙動は最高だなぁ」とうっとりしている。
「……ごめんね、金吾くん。いつも無理させて。はい、コーヒー飴」
キャルルさんが、申し訳なさそうに俺にキャンディを差し出した。
「……」
俺はため息をつき、赤マルを灰皿に押し付けた。
差し出されたキャンディを口に放り込み、奥歯で――
ボリッ。
鋭い破砕音。
口内に広がる苦味と甘みが、俺の脳内の回路を切り替える。
キャルルさんが助けたいと願うなら、神だろうが敵国だろうが助けてやる。……ただし、俺の『やり方』で。
「ルルカ。帝国サーバーの通信規格、解析できてるな?」
「とっくにね! あんなポンコツ暗号、あくびしながら解けるよ!」
「よろしい。……ヴァルグ」
「はっ。ここに」
「村の地下発電機の出力を最大まで上げろ。俺の【分子構造編集】で、高純度の絶縁被膜を持った『光ファイバーケーブル』を生成する。……帝国の魔導サーバーを、物理的に乗っ取る」
女神も、ヴァルグも目を見開いた。
「金吾くん……それって」
「帝国の通信に燃料は送らない。……代わりに、ポポロ村のサーバー(電力)で、大陸全土の通信網を『代替』してやる」
俺は、立ち上がって女神を見下ろした。
「ルチアナ様。安心してください。あんたのガチャのデータは救ってやる。……ただし、今日からこの世界の『通信インフラ』は、帝国ではなく、俺のポポロ石油公社(PPC)が独占管理する。……ネットが使いたければ、俺に通信料を払え」
「え……? それって、私のソシャゲの命綱を、金吾くんが握るってこと……?」
「そういうことです。プロバイダ契約、ありがとうございます」
数時間後。
ルルカが敷設したケーブルと、俺の石油発電機によって、ダウンしていた大陸の通信網が一瞬で復活した。
ガチャの演出画面が動き出し、見事SSRを引き当てた女神は「やったぁぁぁ!」と歓喜の涙を流しながら天界へ帰っていった。
だが、事態の深刻さに気づいたのは、通信網を乗っ取られたルナミス帝国のマルクス皇帝だけだった。
『――な、なんだと!? 帝国の全通信が、ポポロ村の回線を経由しているだと!?』
通信傍受も、遮断も、今や俺の指先一つで決まる。
情報という現代最大の武器すらも、黒い黄金が飲み込んだ夜だった。




