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ノアの終焉  作者: 齋藤昴
第3部
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第六章 救援(4)

 グランルート上空に突如出現した飛竜の群れは、魔導によって放たれる炎や雷を避けながら、反乱軍の頭上を旋回し弓矢による攻撃を浴びせていた。

 王都の空に、ゴルドの戦士達の雄叫びが響く。

 反乱軍の魔導士達は、飛竜を焼き落とそうと炎の魔導を空中へ放ってくる。だが、水の竜巻がそれらを阻み、消し去っていった。

 ハンスが、旋回する飛竜の上から魔導を操り、敵の攻撃を防いでいた。

 翡翠色の「石」は、彼の手にも握られていた。

 魔導同士が衝突する破裂音が、熱風の衝撃波とともに大気を震わせる。焦げ臭い黒煙が立ち上る王都は、戦場の喧騒にすっかり飲み込まれていた。

 地上からは、リチャードがいまいましげにその光景を睨みつけていた。

「野蛮人どもと手を組んだか・・・どこまでも憎たらしい奴め!」

 彼はそう吐き捨てると、街道に斃れた兵士の鞘から剣を引き抜き、大きく身を仰け反らしてそれを飛竜の一頭へ向けて力一杯投げつけた。

 剣は唸りを上げて勢いよく回転しながら、真っ直ぐに飛竜の喉元へと突き刺さった。瞬時に絶命した飛竜は、乗っていたゴルド人とともに地上へと落下していく。

 恐るべき禁呪の力!

 ハンスは、禍々しいその力に戦慄を覚えながら、地上のリチャードへ向かって叫んだ。

「リチャード、その力は危険すぎる!君も無事では済まないぞ!」

 リチャードは鋭い視線でハンスの方を睨み付ける。

「お前の事は、昔から嫌いだった!王族の地位に胡座をかいて、何の苦労も知らずぬくぬくと生きてきた王子様が!ただ魔導の血を持たずに生まれてきたというだけで、幾度となく屈辱の泥水を啜ってきた、この俺の絶望など、貴様は知るよしもないのだろうよ!」

 彼はそう言いながら、地面に転がっている折れた手槍を拾い上げ、瘴気を纏った右の腕で投げ放った。空気を震わせながら飛んでくる槍を、ハンスはすんでのところで避けたが、背筋の凍るような呪力を感じ、全身から嫌な汗が噴き出てきた。

 戦況は、厳しさを増していた。

 ゴルド側は、飛竜と精強な戦士たちをもってしても、敵の魔導士たちから放たれる無尽蔵の魔導と、禁呪によって死神と化したリチャードを相手に苦戦を強いられていたのである。

 そこに、王城から真っ直ぐに飛んでくる、一際大きい飛竜の姿があった。

「リチャード!」

 エイファとマリアを乗せた飛竜であった。すっかり狂気の化身へと変わり果てたリチャードを、怒りと憐れみの混ざりあった複雑な瞳で見つめながら、マリアは叫んだ。

「ハ!誰かと思えば、マリア王女様か!灯台から逃げ出して、ゴルドに身を売ったというわけだな!まったく驚いた。とんでもない売女(あばずれ)め!」

 リチャードは顔を歪ませて、彼女に聞くに耐えない侮蔑の言葉を浴びせてきた。

 あまりの言いように、エイファも不快感を顕にして言った。

「あやつ、随分と無礼なことをいいおって。許さぬぞ」

 エイファの背中で、マリアが叫ぶ。

「エイファ様、リチャードへ近付いて!私が禁呪の力を封じます!」

 マリアの言葉を聞き、エイファは飛竜を操ってリチャードとの距離を詰める。

 リチャードは、再び武器を取ってエイファの飛竜へと投げつけた。

 飛竜は機敏に向きを変え、飛んできた凶刃を避ける。急旋回する飛竜の翼が、ぎりぎりと音を立てて軋んだ。

 マリアが体を固くしているのを背中に感じ、エイファが大声で言った。

「案ずるでない!タイロンは並みの飛竜とは違うのだ!」

 エイファの言うとおり、飛竜は驚くべき速度と俊敏さで、みるみるうちに目標へ向かって迫っていった。

 背中のマリアは、懐の石を握りしめながら、封呪の法の詠唱を始めた。

「大魔導士グランの名において命ずる!邪悪なるものへの命脈を閉じよ!」

 マリアの体が青白く輝き、その光が周囲へと広がって、リチャードの纏っていた瘴気を消し去った。

「・・・!?これは・・・!」

 湧き上がるような力が突然消え失せて、リチャードは狼狽えたようだった。胸元の首飾りも、光を失っている。

 彼の目の前に、エイファの飛竜が降り立った。

「リチャード!もう諦めなさい!禁呪の力は封じたわ!」

 降伏を迫るマリアを、リチャードは凄まじい形相で睨みつけた。

「これは・・・王家の秘術か?おのれ、どこまでも邪魔をするか!」

 リチャードはマリア目掛けて斬りかかっていったが、目の前に炎の壁が立ち現れて、行く手を阻んだ。

「リチャード!君の負けだ!降伏しろ!」

 上空からハンスの声が聞こえる。

 「力」を封じられたリチャードの眼は、怒りで燃え盛っていた。こんなところで野望が潰えてしまうのが、どうしても許せなかった。

 アウラへの命の経路が閉ざされたのであれば・・・。

 リチャードは、今一度不敵な笑みを浮かべた。

 胸元の宝石が、再び不気味に光り始めていた。

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