第六章 救援(2)
王城のテラスからグランルートの市街に立ち上る黒煙が見えた時、女王は強く奥歯を噛んだ。
逃げ惑う市民の叫び声が、風に乗ってここまで届いてくる。
王城の守備隊はすでに市街の主要な道路へ展開し、周辺の建物から樽や木箱、卓、椅子、果ては戸板や衣装箱などを接収して道へ積み上げて、即席の防塁を築いて封鎖を完了していた。さらに宮廷魔導士が援護に回り、攻め寄せる反乱軍に対して徹底抗戦の構えを見せている。
だが、反乱軍の魔導士達は、信じられない速度で次々と魔導を繰り出し、これを圧倒した。敵の繰り出す炎や雷の嵐を前にして、守備隊は完全なる防戦一方に追い込まれていたのである。
(信じられぬ!奴らは、魔導の代償から逃れているのか!?)
王城のすぐ正面の坂の上から防衛の指揮を執るケント卿は、その光景に戦慄した。
この時反乱軍は、ハンスの研究室から盗んだ資料をもとにエーデ椰子の実の油を瓶に詰め、各魔導士に持たせていた。彼らは魔導に伴う代償を背負うことなく、油を消費するだけで魔導を使い続けることができたのである。
一方、宮廷魔導士達は精鋭でも、強力な魔導を際限なく使うことはできない。今のところ防衛線を保ててはいるが、そう長くは持ちそうになかった。
ケント卿は戦場となった王都市街を、坂の上から注意深く見渡した。そして反乱軍の中に、首謀者リチャードの姿を見つけたのだった。
彼は、海岸沿いの街道をこちらへ向かって悠然と歩いていた。その全身からは、禍々しい瘴気が立ち上っている。彼の異様な容貌は、目にするだけで背筋が凍るようだった。
老宰相は右手を前へ突き出して広げ、魔導の力を集中させ始めた。周囲の風が彼の掌に吸い込まれ、圧縮され、回転する刃のように形を変えると、そのまま弾かれたようにリチャードへ向かって唸りを上げて飛んで行った。
だが、魔導の刃はその軌道の途中で、黒い瘴気のようなものに包まれ、空中で霧散してしまったのである。
驚いて目を見開くケント卿。
後ろからフェルドリアが現れ、彼に言った。
「間違いありません。あれは『禁呪』の力です。ライプニッツ卿は、禁呪の力で魔導を打ち消している。彼は、アウラ教団に魂を売り渡したようです」
女王は、厳しい声でケント卿に断言する。
「『封呪の法』を使います。私がライプニッツ卿の邪悪な力を封印します。あなたはその隙に、彼を討ち取りなさい」
「お待ち下さい!そんなことをすれば、陛下は・・・」
ケント卿は慌てて女王を止めようとする。
王家に代々伝わる『封呪の法』、その正体は、アウラへの命の流れを断ち切る秘術だった。
禁呪の契約者とアウラを切り離し、術の効力を消し去ることができる。しかし、封呪にかかる『代償』は甚大で、そのすべてを術者自身が背負わなくてはならない。
『封呪の法』を用いることは、命を失うことと同義であった。
女王は、真っ直ぐにケント卿を見て言った。
「この国を守るのは、女王である私の責務です。マリアは・・・あの子は、反逆など、そのような大それたことができるような子ではありません。きっとどこかに捕らえられて、利用されているだけなのです。あなたが妹を助け出してあげてください。後のことは頼みます。ハンスとマリアを助け、エルドラドを支え続けてください」
ケント卿は、がっくりと地面に膝をついた。
女王は、禍々しい瘴気を放つリチャードを遠くに見つめ、風に向かって立った。
海風が、紫色のローブをはためかせてゆく。
詠唱を始めるフェルドリア女王。しかしその呪文は、遠くから聞こえる懐かしい声に遮られた。
「姉さん!姉さ~~~ん!」




