第五章 ゴルド(1)
マリアは捕らえられ、灯台の狭い部屋の中に閉じ込められた。
リチャード・ライプニッツ率いる反乱軍の大船団は、グランルートの港へ進路を取り、夜の航海を開始した。赤々と燃える野心のような篝火の群れが、月明かりの海上をどこまでも続く帯のように連なって進んでゆく。彼らは獰猛な野望を秘めた巨大な生き物となり、王都を燃やし尽くさんと一心不乱に暗闇を這い進んでいった。
叛逆者の軍団が去った後、「ランプの乙女」の周辺は、静寂に沈んだ。
マリアが閉じ込められた部屋の壁には不気味な紋様が描かれていた。おそらく、魔導を封じる結界のようなものだろう。さらに、二人の魔導士が見張りについていた。
このように、彼女には逃亡を許さない厳重な監視の態勢が敷かれていた。しかしそこまでせずとも、今のマリアには、この場を逃げ出そうという気力すら、沸いてはこなかった。
彼女の中で、感情というものがすっかりと抜け落ちてしまったようだった。固い床にへたりこんだまま、虚ろな視線を虚空に漂わせるだけだった。
魔導士の一人が、嘲笑するように言った。
「はは、王女様は、すっかり脱け殻になっちまったようだ。これまで何不自由なく暮らしてきたお姫様にとっては、現実は残酷過ぎたってところか」
もう一人の魔導士も、下卑た笑みを浮かべつつ、彼女に近づいてきた。
「いい機会だ。もう少し、『現実の残酷さ』ってのを、教えてやろうか」
男はマリアの顔を覗き込む。
「ライプニッツは、『生かしておけ』とだけ言ったんだ。それ以外に何があろうと、構うことはないだろう」
醜悪な欲望に呑まれた男たちの視線が、マリアに突き刺さる。
男の一人の手が伸びようとしたその時、部屋の扉を、トントン、トトン、トントン、とノックする音が聞こえてきた。
「ちっ、今さら一体なんだ?」
魔導士の一人が、戻って扉を開けた。
次の瞬間、黒い影のようなものが部屋に飛び込んできて、男は首に短刀を突き刺され、絶命した。驚いて眼を見開いたもう一人の魔導士も、飛んできた短刀に喉を貫かれ、その場に崩れ落ちた。
「マリア!」
影に続いて、もう一人の人影が部屋に飛び込んできた。
リフローネだった。よく見ると、最初の黒い影はナジャだった。二人に続いて、ハンスとマルコも部屋へ駈け込んできた。
リフローネとハンスが、マリアの傍に駆け寄った。
「マリア、大丈夫かい?」
ハンスの声を聞いたとき、初めてマリアの瞳に色が戻り、涙が浮かんできた。
「兄さん・・・!」
マリアは、ハンスにすがりつき、小さく声をあげて泣いた。
絞り出すような、苦しく悲しい声が、石の壁にこだました。




