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ノアの終焉  作者: 齋藤昴
第3部
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第四章 暗影(6)

 エルドラドの南西に突き出るように横たわる岬は、古くから航海の重要な目印となってきた。ここは王国から大陸東部へ船で向かう際に必ず通る関門であり、それゆえにいつの頃からか船乗り達の間で「処女岬」と呼ばれるようになっていた。

 この岬の先端に最古の灯台が建てられたのは、およそ200年前のことである。四角い塔の形をしたそれは、最上階の窓から煌々と輝く篝火(かがりび)によって夜の海を照らし出し、数多の船たちを導いてきた。

 いつしか「ランプの乙女(メーデ・ノブラン)」と呼ばれるようになったこの灯台は、可憐な呼び名とは裏腹に、その姿は歴史ある建造物に相応しい石造りの重厚な楼閣であった。

 辺りが薄暗くなってくるころ、リチャードたちを乗せた馬は、この灯台まで辿り着いた。

「ここですよ、マリア様。ここに、私たちに協力してくれる仲間がいます」

 リチャードは先に馬を降り、マリアに手を貸して彼女も馬から降ろした。

 灯台の根元に、一枚の扉があった。リチャードは扉を開いて中へ入ると、灯台の中を続く石造りの階段を上っていった。

 暗い回廊を、壁に手を突きながら慎重に登っていく。マリアは緊張と不安に鼓動を早めつつ、リチャードの後に続いた。

 階段を上り切ったところに、もう一枚扉が現れた。

 リチャードは、扉をトントン、と2回、トトン、と短く2回、トントンともう一度2回叩いた。あらかじめ決めておいた合図と思われる。すぐに、扉は内側から開かれた。

「お入り下さい」

 騎士団の兵士と思われる男が、二人を招き入れた。

 中の部屋には、5~6人の男たちがいて、部屋に入ってきた二人に視線を向ける。彼らはそれぞれ色の異なるローブを身にまとっており、魔導士たちであると思われた。

 マリアは、部屋の異様な雰囲気に、胸の中がざわつくのを覚えた。

「ライプニッツ卿殿、モンテリオ伯どのは?」

 魔導士の一人が、リチャードに問いかける。

「・・・あの男は始末した。我々を裏切り、女王の示した条件を飲んだのだ」

 マリアは耳を疑った。リチャードの声は、今まで聞いたことがないような、ぞっとするような響きがあった。

「リチャード・・・これは、どういうこと?」

 おそるおそるリチャードに声をかけると、彼はゆっくりとマリアの方へ向き直り、優しく語りかけた。

「マリア様、ご安心ください。彼らは、私がお話した『仲間』でございます。フェルドリア女王の専制に対抗する、報われない貴族たち。モンテリオ伯を中心に政権の転覆を目論見ましたが、どうやら向こうの方が一枚上手だったようだ。モンテリオ伯は女王に懐柔され、計画を取りやめると言い出した。だから・・・彼は死なねばならなかった」

 リチャードは、一体何を言っているのだろう?マリアは、混乱する頭を必死に働かせようとしていた。

 背中を、冷たい汗が伝ってゆく。

「まさか、ケント卿があそこまで素早く動くとは思っていませんでした。貴女に助けてもらわなければ、あのまま捕えられていたかもしれません。感謝いたしますよ」

 リチャードは可笑しそうに、フフ、と笑った。その笑顔が、今は底の知れない恐ろしさを感じさせていた。

「さあ、マリア様、私と二人で、新たな王国を作りましょう!グランルートへ攻め入り、女王を玉座から引きずり下ろすのです。貴女をゴルド人へ売ろうとした、憎き姉を!王家の血筋の貴女がいれば、民草も我々を新たな支配者と認めるでしょう」

「ま、待って、リチャード!」

 思わず、マリアは叫んだ。

「落ち着いて。私、そんなつもりじゃ・・・。私が姉さんともう一度、よく話してみるから!だから、そんな恐ろしいこと、言わないで!」

 マリアの様子を見て、リチャードは目を細め、彼女を見下ろした。笑顔は完全に消え去っていた。

「まったく・・・救いようのないじゃじゃ馬だ。これまで散々、海賊退治だののお守りをさせられてきたが、心底うんざりだったよ。もう、何も言う必要はない。世間知らずのお姫様はせめて、その血筋によって、我々の役に立ってもらおう」

 その言葉を聞いて、部屋の男たちは一斉にマリアを取り囲んだ。

 マリアはきっ、と彼らを睨み、両手を前に突き出した。

 次の瞬間、彼女の手のひらから、熱風を吐き出しながら燃え盛る炎の玉が生みだされた。

 煌々と燃える炎の玉を見て、魔導士たちは怯んだように見えた。だが、リチャードは不気味な微笑を浮かべたまま、憐れむような目でマリアを見下ろし続けている。

「火傷じゃ済まないわよ。覚悟しなさい!」

 マリアの警告にも、リチャードは少しも動揺せず、軽く笑っただけだった。

「無駄なことはやめた方がいい。体力が削られるだけですよ?」

 彼が言い終わらないうちに、火球の中心から黒い瘴気のようなものが湧き出て、あっという間に全体を覆い、かき消してしまった。

「・・・!」

 何が起こったのか理解できないマリアは、言葉もなく呆然と立ち尽くしていた。

「ほら、ごらんなさい。魔導は所詮、アウラの力の借り物だ。『禁呪』の契約の前では、力を持たないのさ」

 得意げに語りながら、リチャードは首元から一つの首飾りを取り出した。そこには、不気味な文様が刻まれた宝石のようなものが、琥珀色の光を発していた。

「禁・・・呪・・・」

 その言葉を聞いて、マリアは体中の力が抜けたようになり、膝から床へ崩れ落ちた。

 彼は、最初から裏切っていた———。

 絶望に、目の前が真っ暗になった。

「『アウラの禁呪』の力、それに魔導の代償を他に転嫁するハンスの研究が手に入った今、我々に恐れる理由はない。今すぐグランルートへ攻め入り、王国を掌握する!見るがいい、すでに準備はできている」

 リチャードは、窓の外を指し示した。

 眼下の海には、何百隻もの船団が、篝火を炊いて集まっているのが見えた。赤い火の光は海面に反射して、幾重にも連なってゆらゆらと不気味にゆれている。

「安心するといい。君の命を奪うつもりはない。君には、『反乱軍の首謀者』として、ここにとどまってもらうよ」

 色を失ったマリアの瞳を覗き込みながら、恐るべき背信者はそう囁いたのだった。

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