第四章 暗影(4)
それから数日間は、一日中小雨が降るような天気が続いた。
結局その後リフローネはハンスに会う機会がなく、「封呪の法」についても聞くことはできなかった。また、ハンスの研究室に忍び込んだ盗賊の手掛かりも掴めないままだった。
湿った空気がじっとりと肌へ絡みつくように、言いようのない嫌な予感はリフローネの胸を重苦しく塞いでいた。
そんな日々が何日か続いたある日、リフローネが自室で母国の父宛に手紙を書いている最中、マルコが血相を変えてリフローネの部屋へ飛び込んできた。
「リフローネ様!た、大変です!」
ただならぬ様子のマルコを見て、リフローネは思わず椅子から立ち上がり、息を切らしている彼のもとへ駆け寄った。
「落ち着いて、マルコ。一体、何があったの?」
リフローネはマルコの肩に触れながら、はやる気持ちを抑えつつ優しく彼に問いかけた。
マルコは息を整えると、リフローネに向かって一気に話し出した。
「リチャードさんが、モンテリオ伯を殺したんだ!」
「!」
予想もしなかった言葉に、リフローネは思わず息を飲んだ。
「城へやってきたモンテリオ伯とリチャードさんが鉢合わせて、口論になったんだって!そこでリチャードさんが、剣を抜いてモンテリオ伯へ斬りかかったんだ!」
「そんな・・・!」
リフローネは衝撃のあまり、言葉を失った。傍でナジャも、これまでになく厳しい顔をしてマルコの話を聞いている。
「すぐにケント卿が城の兵隊を引き連れて、リチャードさんを取り囲んでいるところだよ!」
リフローネは弾かれたように部屋を飛び出し、城の入口へ向かって走り始めた。ナジャも急いでその後を追う。
城の入り口の広間では、大勢の兵がリチャードを包囲していた。彼は、刃が赤黒く染まった剣を両手で握りしめ、呆然と立ち尽くしている。彼の足元には、事切れたモンテリオ伯が横たわっていた。
ケント卿が、リチャードとにらみ合っていた。
「やめて!ケント卿、リチャードは悪くないの!」
駆け付けたマリアが、必死に懇願するようにケント卿の前に立ちはだかる。
「マリア様、道を開けてください。この者は危険です」
「待って!どうか、話を聞いて!リチャードが理由もなくこんなことをする筈がない!お願い、彼にひどいことをしないで!」
ケント卿はけわしい顔つきを崩さず、マリアに言った。
「お下がりください。奴は速やかに捕らえなければなりません」
「そんな・・・リーフ、お願い!あなたからも、リチャードを守るように言って!」
マリアの悲痛な叫びも虚しく、ケント卿は右の掌を真っ直ぐ前へ突きだし、城の兵たちに号令を下した。
「だめ!」
マリアは反射的に叫び、両手を大きく前方へ突き出した。
次の瞬間、外から雨を含んだつむじ風が、扉や窓の隙間めがけて勢いよく広間の中に吹き込んできた。一瞬、リチャードを包囲していた兵たちが怯んだすきに、マリアはリチャードの手を引いて、扉から外へ飛び出していった。
「マリア様!」
ケント卿が叫んだ時には、二人は厩舎の馬に跨って、遠くへ駆け出してしまっていた。




