第三章 魔導の起源(5)
傾いた夕日に背中を照らされながら、リフローネ達は王城へと帰る道を歩いていた。
「それにしても、ハンス王子は本当に研究熱心ですね。今日も図書館に泊まり込むと言っていましたし」
横を歩くマリアに、リフローネは何気なく声をかけた。
「最近、特に多いのよね。なんでも、『もうすぐ研究が完成しそうなんだ!』って息まいていたけど。ああ、ホント、変わり者の兄で困るわ」
マリアは呆れたように両手を広げて見せた。
「そういえば、ハンス王子の研究って、どういったものなのでしょうか?」
リフローネは、胸中に浮かんだ疑問を何気なくマリアに訊ねてみた。
「ん~、私も詳しくは知らないんだけど、ほら、魔導を使うとき、『代償』を伴うって言ってたでしょ?あれを、別のもので代替できないか、試行錯誤してるって言ってた。そうしたら、みんな安心して魔導を使えるからって」
「えっ!?それって、すごいことではないかしら?」
リフローネは驚いた。それが実現したら、魔導の根幹を覆すかもしれない大発見ではないか。ただ、マリアは少し複雑そうだ。
「そうかもしれないけど・・・。でも、そのために兄さんたら、図書館のあの部屋に、ジャムだのチーズだのヤギの乳だの、もういろんな物を持ち込んではわけのわからない実験を繰り返しているのよ。ある時、とうとう館長さんから、王城へ苦情が入ったこともあったわ」
前を歩いていたリチャードは、それを聞いて堪えきれなくなったように笑い出し、話に加わった。
「あれはよく覚えていますよ。女王陛下も大変ご立腹で、お許しを頂くのに随分苦労いたしました」
「リチャードには本当に感謝しているわ。あなたが取りなしてくれなかったら、きっと兄さん、二度と図書館に出入りさせてもらえないところだった。ああ、思い出しただけで恥ずかしい。だからお願い、兄さんの研究のことは他言しないで。このことは、限られた人にしか知らせてないの」
マリアは、嘆かわしいと言った表情でため息をついた。その様子を、リフローネは微笑ましいと思った。
ハンスが研究を続けている理由が、彼女には何となく分かったような気がした。魔導の『代償』を別のもので代替する・・・それはきっと自身の興味関心だけではないのだろう。
彼の人のよさそうな笑顔を思い出しながら、リフローネはそんなことを考えていた。
ちょうどその時、彼らの後ろの方から、おーい、おーいと呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、マルコがこちらへ向かって走ってくるのが見えた。
「よかった、王女様たちも城へ帰るところだったんだ」
「お帰りなさいマルコ。港では、何か手掛かりが掴めましたか?」
リフローネが問いかけると、マルコは残念そうに首を横に振った。
「船乗りや商人たちに色々話を聞いてみたけれど、みんなレニ族の女の子は見たことがないって。グランルートやその他の港では、それらしい話も聞いたことがないみたい」
「そうでしたか・・・」
リフローネの顔にも、少し残念そうな表情が浮かぶ。
「ただ、他にちょっと気になる話は聞いたよ」
マルコは顔を上げ、リフローネの眼を見て言った。
「漁師のおじさんが教えてくれたんだけど、先月、ここから少し離れた場所にあるパロっていう小さな漁港で、見馴れない白いローブを羽織った男を見たって言ってた。漁船くらいしかやってこない小さな村なんで、気になったって」
「白いローブ・・・?」
それが何を意味するのか、リフローネにはよく分からなかった。ただ、魔導に関する血生臭い秘密を聞いた後だっただけに、彼女には何か不吉な予兆のように聞こえたのであった。
夕日は傾き、彼らの影は地面に長く伸びていた。




