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ノアの終焉  作者: 齋藤昴
第3部
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第三章 魔導の起源(4)

「大魔導士グランの弟子たちが、師の死後に編纂した歴史書によれば、『アウラ』とは、かつて人智を超越した絶大な力をもって、この地上を支配した存在とされている。大陸各地に残された伝承や古文書の中にも、アウラの存在を思わせる記述が散見されている。それは神と呼ばれることもあれば、悪魔と称されることもある。ただ、アウラが如何にして地上に顕現したかは、あまりにも昔のことなのでよくわかっていない。はっきりしているのは、アウラの力こそが、すべての魔導や呪法の起源だということなんだ」

 ハンスの言葉を、リフローネは黙って聞いている。彼女の真剣な眼差しを受けて、ハンスは先を続けた。

「アウラは、天地の水、風、土、火のすべてを、意のままに操ることができた。そしてその力は、彼と契約を結ぶことで、人間にも分け与えられた。契約は血に刻まれ、子孫に受け継がれた。つまり今の僕らは、契約者の子孫というわけさ」

「契約・・・それは一体どういうものなのですか?」

 リフローネの問いに、ハンスはうなずいて答える。

「魔導は、『代償』を伴う。使う力が大きければ大きいほど、その代償も大きくなる。例えば、蝋燭に火を灯す程度なら、軽い疲労を感じるだけで済む。しかしあまりにも強大な魔術を使おうとすれば、術者は命を縮めることすらある」

 それを聞いて、リフローネは最初にマリアと出会った日のことに思い当たった。港でリチャードは、マリアに対してしきりに王城まで馬車で行くよう勧めていた。今思えば、海賊を捕まえるために魔導を使ったマリアの体調を案じてのことだったのだろう。

「これはアウラの本質だ。彼は地上の生命を吸い取ってその力に変えていたんだ。『代償』はその一部に過ぎない。そして、さらに恐ろしいことに、より多くの命を捧げる代わりに強大な力を人に授ける契約もあった。これこそが、『禁呪』と呼ばれる契約だったんだ」

 リフローネは大きく目を見開いた。『より多くの命を捧げる』・・・その響きに、全身がおののくようだった。

「この『禁呪』は、たちまちのうちに人間の世界に争いを巻き起こした。戦場で多くの敵を殺め、奪った命の見返りに力を得ようとする者が次々と現れたんだ。地上は争いに溢れ、世界は暗黒に包まれた。いつ終わるとも知れない陰惨な戦いが、いたるところで繰り広げられた。人々は、破滅への道を辿るかと思われた。だが、大魔導士グランが立ち上がり、仲間の魔導士たちとともに、アウラへと立ち向かったんだ。それは天地が割れるほどの、壮絶な戦いだったと伝えられている。しかし遂に、大魔導士グランと仲間たちは、アウラを永遠に封印することに成功した。この戦いは、『アウラの災厄』として、歴史書の中に残ることとなった」

「それが、魔導の真実・・・」

 呟くようにリフローネは言った。

「しかし、それならばなぜ、今になってその『禁呪』が使われたのでしょうか?あの黒い騎士は、アウラとどのような関係があるのでしょうか」

 ハンスは少しの間、自分の顎に手を当てて考えてから、彼女の疑問に答えた。

「・・・思い当たることは、一つ、ある。実は『災厄』の時、魔導士の中でもアウラを信奉し、グランに敵対したものたちがいた。戦いの後、彼らの消息については何の手がかりも残されていない。しかし一説によると、今でも彼らの子孫は生き残り、『アウラ教団』と名乗って、アウラ復活を企てていると言われている。そして彼らの中で、『禁呪』の呪法も受け継がれているのだという。『禁呪』は、アウラに命を捧げる呪法。アウラは、捧げられた命を力に変え復活するのだと。・・・まあ、あくまで噂だけどね。だけれども、もしリフローネ王女が見た黒い騎士が纏っていたものが『禁呪』の力だったとしたら、その背後にはアウラ教団が存在している可能性が高い」

「リフローネ殿下のお話を聞くに、その騎士の力は驚異的です。相手の攻撃を無力化し、僅かな傷でも死に至らしめる。そのような相手に、一体どのようにして立ち向かえばよいのやら」

 リチャードが腕組みをして、難しそうな顔をした。

「エルドラドの歴史書にも、グランたちがどうやってアウラの力を封じたのかは書かれていない。どうやらグランは弟子たちに、『禁呪』に関わることを記録に残すことを禁じていたらしい。それだけ危険な呪法だったということなのだろう。ただ、彼はアウラの復活を警戒していた。やがて人々が再びあの恐ろしい邪神と戦うことになることを予感していたようだ。そのため、ごく限られた人の間にのみ、禁呪に立ち向かう術を伝えていたと言われている」

「ハンスは、その術を知っているのですか」

 リフローネの問いに、ハンスは残念そうに首を横に振った。

「いや、聞いたことはない。少なくとも僕とマリアは知らない。王族の僕らでも、聞かされたことはなかった。もしかしたら姉さん―フェルドリア女王なら、伝え聞いているかもしれないけど・・・」

(残念ですが、エルドラド王国が今ハーラント王国へ協力することはできません)

 リフローネは、初めて女王に謁見したときのことを思い出した。

 内憂外患を抱えたこの国の女王として、複雑な外部事情に立ち入るつもりはない、という意思が感じられる言葉だった。今彼女にこのことを聞いても、おそらく答えてはもらえないだろう。

 しかもハンスの話によれば、魔導の起源にはアウラの力が深く関係しているという。魔導の秘密は、この国の統治機構そのものに関わってくる、極めてナイーヴな問題となるであろうことが予感させられた。

 それでも。

 リフローネは、女王に聞かねばならないと思った。黒い騎士や、その背後にいる敵と戦い、故郷を守るために。何としても知らねばならない。

 半年前に、ハーラント城で兄と別れたときの決意が蘇ってくる。

「ありがとうございます、ハンス王子。魔導について、いろいろなことがわかりました」

「ああ、いや、たいしたことではないんです。僕のは本当に、趣味みたいなものなので・・・」

 ハンスは照れたような笑顔で、彼女に答えた。

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