第二章 エルドラド王国(4)
エルドラドの王城は、この国の性質をよく体現していた。
この国の国民は、自然の中から法則を取り出し、選別し並び変え、あるいはそのまま利用して、新たな価値を作り出すことに長けている。目に見える物質も、目に見えない法則も、その不揃いな部分を直線的に組みなおし、あるいは無骨に突き出た部分を慎み深く婉曲させ、精緻に作り替えるのである。このような営みは、この国の至る所で見られるのだった。
王城は、半島の北端に突き出た岩山を削り取って造られた。すなわち、岩石を直線に切り取って柱や壁をつくり、土台の上に幾重にも積み上げて建てられたものである。硬い岩盤は骨組みとし、もろい岩石は鋳造して強度を高め、城壁や尖塔へと利用した。こうして岩山をそっくり城に作り替えてしまったのである。後世、著名な詩人がこの地を訪れた際、グランルートの王城を『世界一の彫刻』と称したという。エルドラドの先人は巨大な岩山の中に城の姿を見出だし、それを鮮やかに取り出したのだと。
城の壁には石灰の漆喰が、尖塔の屋根は鮮やかな青い塗料が施されていた。美しさと威厳の両方を兼ね備えており、いかにも魔導の国に相応しい容貌なのであった。
城の内部には、いくつもの階段が折り重なり、天空へと続いていた。床や壁はどこも漆喰で白く化粧を施され、厳かな神殿の中にいるような整った造形をしていたが、時折空中庭園のような中庭が現れたり、あえて自然の岩の形を残して洞窟のような意匠を施された部屋もあり、種々多様な空間が重層的に存在していた。
リフローネ達はリチャードの後に続き、白い階段を上っていった。時々現れる窓から外を覗くと、グランルート市街の建物が小さく見えた。城の半分を登ったころには、街全体を見渡すことができるようになっていた。改めて、この城の巨大さがよくわかった。
彼女たちは城の頂上近くの謁見の間へと案内された。部屋は大きな半球状の天井に覆われ、室内は窓から差し込む陽光によって明るく照らされていた。正面の一段高くなった壇上に、背もたれが扇状に広がっている立派な玉座が見えた。
玉座に向かって右隣りには、灰色のローブを纏い杖を突いた初老の男が、しかつめらしい顔をして立っていた。
「宰相のハーバル・ケント卿よ」
マリアが小声で教えてくれた。
「ハーラント王国王女、リフローネ殿下。よくぞ参られました。まもなく女王陛下もおなりになります」
ケント卿は厳かにそう言った。リフローネは右手を自分の胸に当て、片膝をついて顔を伏せて待った。
静かな広間に衣擦れの音が聞こえ、それが正面へ回ったところで止まった。
「顔をおあげなさい」
凛とした女性の声を聞き、リフローネは顔を上げた。
玉座の前に、床まで届く深紫のローブを身に纏って、この国の女王が立っていた。白銀に近いブロンドの髪の奥から、灰色の瞳がこちらを見据えている。
「リフローネ・レイナ・ハーラントです。此度は、突然の訪問にも拘わらずご拝謁を賜りましたこと、深く感謝申し上げます」
リフローネは女王にそう言って、ゆっくりとお辞儀した。
「女王のフェルドリア・エインズワードです。遠くハーラントより王女自らの来訪、心より歓迎いたします」
女王は凛とした表情を崩さずに、リフローネに声をかけた。
「・・・して、貴殿が訪ねてこられたのは、どのような目的なのでしょうか」
リフローネは、女王にカレンツァ帝国との戦争のことや、対峙した黒い騎士についてのことを話した。その上で、敵の魔導の正体を知るため、エルドラドに助けを求めに来たことを伝えた。女王は黙って彼女の話を聞いていたが、黒い騎士のことについて話が及ぶと、わずかに目を見開いたように見えた。
最後まで聞き終わると、女王はしばし目を伏せ、再びリフローネの方を見た。
「その、黒い騎士の魔導については気にかかるところがあります。・・・しかし、残念ですがエルドラド王国が今ハーラント王国へ協力することはできません」
「姉さん!」
思わず、マリアが叫んだ。
「リーフは、自分のお兄さんを亡くしているのよ!その黒い騎士と戦うため、遠いハーラントからここまでやって来たんじゃない!何とか力になってあげようよ!」
「あなたは黙っていなさい!」
女王は厳しい声でマリアを一喝した。
「リフローネ王女、解ってください。わが国にも事情があるのです」
「そんな・・・」
マリアの瞳に悲しみの色が浮かぶ
「いいんです。・・・マリア、ありがとう」
泣きそうな顔をしているマリアに、リフローネは優しく微笑んだ。
「私たちが力になることはできません。ですが、貴殿は大切なお客人です。城へ滞在することを許可いたします。しばらくゆっくりされるとよいでしょう。今宵は歓迎の印に、心ばかりの晩餐会も催しましょう」
「もったいないお言葉、感謝いたします」
リフローネは女王の言葉を聞いて、再び深々と頭を下げた。




