第一章 マリア(3)
航海は順調だった。途中、幾つかの経由地で寄港した他は、船は軽快に西へ向かって進み続けた。
最初は元気が良かったマルコは、しばらくするとひどい船酔いに襲われ、甲板の隅でへたりこんでしまった。リフローネは平静を保っていたが、初めての船旅でやはり体調が悪くなり、ナジャの助言に従って外の風に当たっていた。ナジャは慣れているらしく、平気な様子で、二人にあれこれと世話を焼いてくれていた。
船旅へ出て、もうすぐひと月が経とうかという頃、ようやくリフローネとマルコも揺れに慣れ、普通に過ごせるようになった。だがマルコは、行けども行けども続く海に、いい加減飽きてしまったようだった。
「エルドラドは遠いなぁ。まだ着かないのかなぁ」
舷側にもたれかかってぼんやりと海を眺めながら、そんなふうにこぼしている。
「最後の経由地のモイルを出てだいぶ経ちますから、もうそろそろ着くころですよ」
リフローネは優しく彼をなだめた。
その時、ふと、マルコの目に、遠くの海に小さな船影が現れたのが映った。
「あれ、向こうの方にも、船がいる。あれも、エルドラド王国へ向かうところなのかな」
船影は徐々に大きくなり、リフローネの目にもはっきりと見えるようになってきた。その船は、こちらの船の後方から近づきつつあった。
「・・・少し様子がおかしいように思えます」
良く見ると、その船は船舶旗を掲げていないようだった。リフローネは、警戒を含んだ声でそう言った。ナジャも、険しい顔つきで正体不明の船舶を睨んでいた。
その時、甲板全体にけたたましい鐘の音が響き渡った。
「海賊船だ!」
マストの上で見張りをしていた船員が、そう叫んだ。
瞬時に、船全体が蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。
船員たちは慌てて、少しでも船を軽くしようと荷を捨て始めた。
他の船員は、必死に櫂を漕いで海賊船から離れようと船を動かした。
だが、向こうの船の方が船足が速く、二つの船の距離は見る見るうちに縮んでいった。
今はもう、海賊船の甲板に、武器を持ち血走った眼でこちらを凝視している荒くれ者の男たちが集まっている様子まではっきりと見て取れた。
ナジャは腰にぶら下げていた2本の短刀を抜き放ち、リフローネとマルコの前に立った。
「リフローネ様、マルコとともに船室へ隠れていて下さい」
リフローネは、自身も短剣を抜いて海賊船に目を向ける。
「乗客を守らなければ。私も戦います」
「おいらも、王女様を守るよ!」
マルコは甲板掃除用のモップを持ち出して、二人の後ろに立った。
もう、海賊船は商船のすぐ後ろまで迫ってきていた。
海賊たちは、鉤のついたロープを次々と投げ込んで、リフローネ達の乗った商船をすっかり捕えてしまった。
海賊船の船体が商船のそれに激突し、甲板が激しく揺れた。リフローネたちはよろけながら、揺れる船上でかろうじて体勢を保っていた。
すぐに、ロープを伝って武器をもった屈強な荒くれ者達が乗り込んできた。
すぐさまナジャが、風のように動いて海賊の一人に飛びかかり、鋭い斬撃を浴びせかけた。斬られた荒くれ者は、叫び声をあげて海へと落ちていった。
船の別のところでは、海賊達と船員が斬り合いになっていた。船員たちも必死に応戦しているが、荒事に慣れた海賊達を前に押され気味になっている。
その時だった。
二つの船の間に、突如炎が上がり、商船を捕らえていたロープを焼ききってしまった。
突然切り離された二つの船はバランスを崩し、大きく傾いた。
体勢を崩してよろめきながら、何が起こったのか理解できずに困惑するリフローネの耳に、元気のいい女性の声が聞こえてきた。
「こらぁ~~!!この悪党ども!そこまでだよ、大人しく捕まりなさい!」
見ると、さらに後方から、エルドラドの旗を掲げた立派な船が近づいて来るのが見えた。
その船首付近には、深い紫色のローブを風になびかせながら仁王立ちする若い女性の姿があった。




