第六章 意志(5)
神殿の入口では、防塁を巡る激しい攻防が繰り広げられていた。
数を頼みに押し寄せる帝国軍を相手に、天の民側は果敢に防戦した。積み上げた防塁の隙間から絶え間なく矢を放ち、石を浴びせ、槍で突き返した。攻める側は少しずつ防塁を崩して迫りつつあったが、相手の抵抗は激しく、攻略にはしばし時間がかかるかと思われた。
「やれやれ、まだるっこしい。私も、あまり気が長い方ではないのですがね」
独り言を吐きながら、ナブロは両手を広げ天を仰ぎ、呪文の詠唱を始めた。
男の体から、黒い霧のような瘴気が湧き出て、空へ向かって上っていく。
「ナブロ殿、何をしようと!?貴殿は手を出すなと言ったであろう!」
メティウスは慌てて止めようとしたが、ナブロは詠唱をやめようとしない。
瘴気が一筋の線のようになって空へ登ってゆく。それが頭上の雲に到達すると、激しく降っていた雨は止み、風が凪いだ。ナブロは、攻防が続く神殿の入り口を見つめながら、メティウスへ言い放った。
「我らが探し求めていたものが、すぐ目の前にあるのだ。指をくわえて待ってなどいられるか」
彼は双眸を大きく見開いて天を仰いだ。
その時、ナブロの目に、山の頂上付近で何かが動くのが見えた。
刹那、鋭い風切り音が聞こえ、何かが恐ろしい速度で飛んできた。それは吸い込まれるように真っ直ぐにナブロの方へと飛来した。
ドッ、という鈍い衝撃音が響く。
一本の矢が、彼の額の中央を深々と貫いた。
ナブロの体から立ち上っていた瘴気はあっという間に霧散し、跡形もなく消え失せてしまった。
間髪入れず、再度鋭い音が響く。ハルディアは手にした剣で素早く空中を薙ぎ払い、飛来した矢を叩き落とした。
「山頂からだ!」
誰かが叫んだ。すぐに盾を構えた兵たちがハルディアの周囲を固める。
ハルディアは、矢が飛んできた方向へ目を向けた。正面の山頂近く、人影らしきものが見える。しかし再び雨が降り始めると、山頂の様子を窺うことはできなくなった。
(あの距離から狙い撃ったとでも言うのか?)
ハルディアは内心で驚いていたが、彼女の思考はメティウスの唸るような言葉に遮られた。
「ナブロ殿が・・・!」
青ざめたメティウスの視線の先を追うと、彼の足元に仰向けに倒れたナブロが、目を見開いたままの表情で事切れていた。




