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ノアの終焉  作者: 齋藤昴
第2部
53/88

第六章 意志(5)

 神殿の入口では、防塁を巡る激しい攻防が繰り広げられていた。

 数を頼みに押し寄せる帝国軍を相手に、天の民側は果敢に防戦した。積み上げた防塁の隙間から絶え間なく矢を放ち、石を浴びせ、槍で突き返した。攻める側は少しずつ防塁を崩して迫りつつあったが、相手の抵抗は激しく、攻略にはしばし時間がかかるかと思われた。

「やれやれ、まだるっこしい。私も、あまり気が長い方ではないのですがね」

 独り言を吐きながら、ナブロは両手を広げ天を仰ぎ、呪文の詠唱を始めた。

 男の体から、黒い霧のような瘴気が湧き出て、空へ向かって上っていく。

「ナブロ殿、何をしようと!?貴殿は手を出すなと言ったであろう!」

 メティウスは慌てて止めようとしたが、ナブロは詠唱をやめようとしない。

 瘴気が一筋の線のようになって空へ登ってゆく。それが頭上の雲に到達すると、激しく降っていた雨は止み、風が凪いだ。ナブロは、攻防が続く神殿の入り口を見つめながら、メティウスへ言い放った。

「我らが探し求めていたものが、すぐ目の前にあるのだ。指をくわえて待ってなどいられるか」

 彼は双眸を大きく見開いて天を仰いだ。

 その時、ナブロの目に、山の頂上付近で何かが動くのが見えた。

 刹那、鋭い風切り音が聞こえ、何かが恐ろしい速度で飛んできた。それは吸い込まれるように真っ直ぐにナブロの方へと飛来した。

 ドッ、という鈍い衝撃音が響く。

 一本の矢が、彼の額の中央を深々と貫いた。

 ナブロの体から立ち上っていた瘴気はあっという間に霧散し、跡形もなく消え失せてしまった。

 間髪入れず、再度鋭い音が響く。ハルディアは手にした剣で素早く空中を薙ぎ払い、飛来した矢を叩き落とした。

「山頂からだ!」

 誰かが叫んだ。すぐに盾を構えた兵たちがハルディアの周囲を固める。

 ハルディアは、矢が飛んできた方向へ目を向けた。正面の山頂近く、人影らしきものが見える。しかし再び雨が降り始めると、山頂の様子を窺うことはできなくなった。

(あの距離から狙い撃ったとでも言うのか?)

 ハルディアは内心で驚いていたが、彼女の思考はメティウスの唸るような言葉に遮られた。

「ナブロ殿が・・・!」

 青ざめたメティウスの視線の先を追うと、彼の足元に仰向けに倒れたナブロが、目を見開いたままの表情で事切れていた。

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