第六章 意志(3)
ハルディア率いる帝国の軍勢がウラヴァスの山間へ差し掛かるころ、峰の上の方には黒い雲が垂れ込んできていた。肌寒い湿った風も吹き始め、やがてぽつぽつと雨粒が落ちて兵たちの兜に当たるようになった。
ここへ来る途中、投降してきた天の民たちと遭遇した。彼らはすでに戦う気力を喪失し、皆うつろな目に絶望の色を浮かべていた。ハルディアは彼らを捕らえ、一部の兵とともに帝都へと連行させた。
残った天の民たちが立てこもる山の入口へ着いたときには、雨の降りがかなり強くなってきていた。岩だらけの坂の先に、古代神殿の入口らしきものが見える。今は、石や倒木、遺跡の像の一部らしきものなどが積み上げられ、防塁が作られている。向こう側は薄暗く、人がいるかどうか、何人潜んでいるかなどは窺うことができない。
防塁周囲の様子を慎重に探っているハルディアをよそに、ナブロは遺跡に興味を持った様子で、おもしろそうに眺めていた。
「これは実に興味深い。古の民が残した神殿ですな。どのような神が祭られていたのでしょうなぁ。あそこに積み上げられている像も、きっと何かの神を表したものなのでしょう。戦で荒らされてしまうのが実に惜しいですな」
飄々としたナブロの振る舞いに、メティウスは腹を立てたようだった。
「ナブロ殿、あまり出しゃばるのは関心できませんな。あすこに立てこもっているのは、もう僅かな数しかいないだろう。最早貴殿の力を借りるまでもない。後は我らが速やかに反乱分子を鎮圧するのみ。それ故、貴殿の出る幕はない。早々に帝都へ戻られよ」
彼の苛立ちを分かりつつ、ナブロは至って涼しい顔をしたままきっぱりと返答した。
「そうはいきませぬ」
ナブロは、ローブの下でニヤリと口角を歪ませると、胸元の首飾りをつかみ上げ、メティウスたちに見せつけた。今、宝玉の中には、どす黒い瘴気のようなものが渦巻いていた。それを見て、メティウスは思わず目を見開いた。
「この通り、我らが探し求めている『器』が、すぐ近くにいるという証なのですよ。間違いなく、奴らの中にいる。ここで引き下がる訳にはいきませぬな」
宝玉を見つめながら、ナブロは力強く語った。その声に含まれるある種の凄みに、メティウスは気圧され、口をつぐんでしまった。
風雨はいよいよ強まってくる。
ハルディアは腰の剣を抜き、頭上へ高々と掲げた。
「聞け、勇敢な兵たちよ!敵はすでに滅亡の際にある。ここが終焉の地、奴らの墓場だ。一切の情けは無用!全力を持って、一人残らず討ち果たせ!」
一斉に歓声が巻き起こり、それを合図に兵たちは次々に遺跡の入口へと殺到していった。
「おっと、指揮官殿。我らの『器』だけは、生かして捕らえていただきますよ」
ナブロがそう釘をさすのを、ハルディアはギロリと睨んだ。ナブロは肩をすくめ、続けて言った。
「お忘れなきよう。皇帝陛下からもお許しを戴いておりますので」
「・・・努力はしよう」
ハルディアは冷たい視線のまま答えると、もう戦場の方を見つめていた。




