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ノアの終焉  作者: 齋藤昴
第2部
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第五章 キフカスの悲劇(3)

 両軍が対峙して二日目の早朝、帝国軍は敵の両翼を目掛けて左右から攻撃を開始した。

 はじめ、(いしゆみ)を構えた弓兵隊が前へ出て、一斉に矢を放ちはじめた。矢は弩の弦に弾かれ、唸りを上げて敵陣へと襲いかかる。射貫かれた兵たちはその場に倒れ、あるいは丘を転げ落ちていった。

 すぐさま天の民の軍からも、空を覆うほどの無数の矢が放たれ、帝国軍の前衛へと降り注いだ。瞬く間に突き刺さる矢で地面は覆われ、帝国軍の弓兵たちは次々と倒れ伏していった。

 喧騒と砂煙が立ち上る戦場に、早くも血の匂いが漂い始めていた。

 弓兵の練度においても、天の民たちは帝国軍に遠く及ばなかった。彼らの中で敵兵を正確に狙い撃てる者は一握りに過ぎなかった。だが彼らは多くの射手が同時に、かつ短い間隔で何度も矢を放つことで、標的を面のように覆い被せて、これを撃ち倒していった。

 また弓兵同士の遠距離戦は、高所を占めた天の民側に有利に働いた。丘陵の上から放たれた矢は、より遠くへ飛翔し、落下の速度を得て鋭く突き刺さっていった。

 これが彼らの戦い方に他ならなかった。戦争が単なる個の力同士の戦いの集合なのであれば、決して勝利は掴めない。彼らは集団の運用によって不利を補い、活路を開こうとした。そしてその作戦は、概ね期待通りの効果を上げつつあった。

 帝国軍の右翼は、特に損耗が激しかった。右翼を指揮していたメティウスは、敵軍の応戦が予想以上に激しいものであるとみてとると、弓兵隊を撤退させ、丘の上へ向けて騎兵を突撃させた。

 メティウスの率いる騎兵は、帝国にその名を轟かせた重装騎兵団である。全身を鋼鉄の鎧に包んだ三百騎あまりの騎兵たちは、圧倒的な突進力と防御力故に、無敗を誇っていた。

「騎兵、来るぞ!陣形を乱すな!」

 丘の上では、馬上からネロが長槍を構える歩兵たちへ声を張り上げた。

 敵の騎兵たちは砂煙を巻き上げながら、勢いよくこちらへ突進してくる。鋼鉄の鎧に守られた騎士たちは、降り注ぐ矢をものともせずにこれを潜り抜けてくる。馬の蹄は轟音を響かせ、大地を激しく揺らした。

 槍を構えてこれを迎え撃つ歩兵たちは、凄まじいまでの恐怖に晒された。彼らの目には、騎兵の一つ一つが鉄の巨人のように映っていたのである。彼らは、この恐怖に耐え切らねばならなかった。もし、陣形の一部にでも綻びが生まれるようであれば、たちまちそこから分断され、蹂躙されてしまうことだろう。

 彼らを奮い立たせていたものは、この戦いが天によって定められた宿命のうちにあり、その勝利までもが約束された理であるという確信に他ならなかった。信仰は震える足を踏みとどまらせ、武器を握る手に力を与えてくれた。

 遂に、両軍は丘の上で激突した。

 槍同士が激しくぶつかり合い、戦場に血飛沫が飛び散る。激突の衝撃で、中空へ投げ出された者もいた。あちらこちらで金属が打ち合う音が響き、人が倒れ落ちる音が続いた。馬のいななきと、人の悲鳴が混ざりあい、丘の上は一瞬のうちに騒乱の嵐に飲み込まれた。

 この狂乱の中において、天の民たちの奮戦には目を見張るものがあった。彼らは一歩も引かず、目の前の敵を打ち倒すことのみを考え、声を張り上げ、武器を持つ腕を前に突き出し、脚を踏みしめた。

 彼らの軍の特徴として、人の身長の倍ほどもある長槍を、歩兵の大半が備えていた。長槍の群れで針山のようになった敵陣を前に、無敗を誇る帝国騎兵達もこれを攻めあぐねていた。馬は切っ先が陽光を反射してギラギラと輝く槍に怯んでいた。こちらの槍は長さが足らず、相手まで届かない。やがでじりじりと前進する隊列に押し戻され、騎兵たちは後退を余儀なくされた。

「一気に押し込め!天は我らと共にあり!」

 ネロが高らかに声を上げると、呼応して大きな喚声が上がり、天の民たちの隊列は前進を始めた。

 最強を謳った騎兵はなす術もなく、前線から撤退せざるを得なかった。

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