第三章 ルルム(2)
ルルムの故郷は、ある山奥の小さな村にあった。
レニ族は、うっそうとした針葉樹の森の中、世間から隠れるようにして暮らしていた。レニ族は小さな体躯と頂上の尖った耳が特徴だった。その外見が、村の外の人間から侮蔑の対象とされることもしばしばあった。だから彼らも、努めて外との関わりを避けるようにしていた。
閉鎖的な集落の中でルルムは生まれ育ってきたが、その幼少期は楽しい時間でもあった。村の周囲は豊かな自然にあふれ、子どもたちの格好の遊び場となっていた。毎日、宝探しをするように落ち葉の中から木の実を拾い集め、大きな岩の窪みの秘密基地へと運んだものだった。お腹が空けば、森には杏や無花果の実がそこかしこになっていていて、それらを摘んで食べた。喉が渇けば冷たい湧き水で潤した。そうやって、日が暮れるまで遊んだものだった。
村で年に一度催されるお祭りも、彼女の楽しみの一つだった。
お祭りの日は、村の中心に簡素な祭壇が組まれ、野菜や穀物などの収穫物が捧げられた。大人たちはここぞとばかり張り切って、美味しい料理やお菓子を作り、子どもたちはおなか一杯頬張った。そして陽気な歌を歌い躍りを踊って、大いに盛り上がった。
毎年祭りの日が近くなると、ルルムの父はよく娘に同じ話を語って聞かせていた。
「ルルム、よくお聞き。私たちのご先祖様は、遠い昔、神様と一緒に空を旅していたんだ。ひいおじいさんやひいおばあさんよりも、ずっとずうっと昔のご先祖様たちの話だ。あるとき、神様が地上に降りることがあって、ご先祖様もこの地へ降りてきたんだ。そのときから、私たちの一族は神様と別れ、地上で暮らすようになったんだ」
「ご先祖様は、どうして神様と別れて地上で暮らすようになったの?」
幼かったルルムは、無邪気な瞳で不思議そうに父へ尋ねてみたことがある。その時父は目を細め、優しく彼女の頭を撫でて教えてくれた。
「ご先祖様たちは、神様から大事な役目を託されたんだ。それは、神様から預かった命を、地上で繋いでゆくこと。とても神聖で、大切な役目なんだよ。村のお祭りは、そのことを忘れないようにと、神様に感謝し続けるために、毎年ひらかれているんだよ」
ルルムは父が大好きだった。幼い頃、母を病で亡くした彼女にとって、たった一人の肉親だった。そんな娘を、父も不憫に思ったのかもしれない。彼は娘を、人一倍愛情深く育ててきたのだった。
ルルムの父は、小物商のような仕事もしていた。レニ族は手先が器用なため、工芸品や織物を作るのが得意だったが、父はそれらを人間の町まで持っていき、商いをした。そして村では手に入らない油や薬などに替えて戻って来るのだった。
ルルムは、父が人間の町へ商いへ行く時は、いつも胸が高鳴った。父の帰りはいつも遅かったが、彼女が喜ぶお土産を必ず持ち帰ってくれたからだ。ルルムが特に気に入っていたのは、子ども向けのおとぎ話が書かれた本だった。どのおとぎ話の本も、色鮮やかな美しい挿絵が、彼女の目を引いた。表紙をめくれば、夢のような物語に夢中になった。彼女は、父が帰ると、いつも新しい物語の本を枕元で読んでもらうようせがんだ。自分の知らないお話を聞きながら、彼女は村の外の世界に思いを巡らせるようになっていった。
やがてルルムは自然と文字を覚え、一人で本を読むようになった。
主人公の若者が船に乗り、大海原を旅する血沸き肉踊る冒険譚。小さな妖精に導かれ美しい夜空を飛び回る幻想的なおとぎ話。あるいは、どこかの国の王さまの無理難題を、天才的な思いつきで解決する賢い少年の物語。どれも、本が擦りきれるまで繰り返し夢中になって読んだ。
そして外の世界に対する彼女の憧れは、益々大きくなっていった。




