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ノアの終焉  作者: 齋藤昴
第2部
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第三章 ルルム(1)

 チュニスの地に入った天の民たちは、歓喜と祝福に沸き立った。初めて手に入れた豊かな土地は、長い旅で疲れた彼らの飢えを満たし、渇きを癒した。彼らは久々に、満ち足りた心で眠りにつくことができるようになった。

 天の民たちは、ここに自分たちの国を創ることを決め、そのために動き出した。

 すべきことは山のようにあった。全ての人々に住む家を与える必要があるし、これまでもしてきたように、各々に仕事を割り振り、食べ物や衣服や、その他暮らしに必要な様々なものも作らねばならなかった。何より、新しい国を治めるための、彼らのための法が必要だった。

 天の民たちの法は、預言者マラーヤータの言行を元に作られることとなった。彼の言葉を書き記し、それを法典とする作業が進められた。

 天の民たちはもともと奴隷の身分だったため、文字を書けるものはほとんどいなかった。その中で、ルルムは読み書きができた。彼女は、マラーヤータの傍で、彼の言葉を書き記す役目に就くことになった。

 彼女がどのようにして文字を覚えたのか、尋ねる者もいた。そういう時、彼女は決まって「昔覚えた」とだけ答えていたが、それ以上は語ることはなかった。

 ここにいる者たちは、みなルルムに優しかった。彼女の過去をしいて聞き出そうとする者はいなかった。自分達も、思い出すだけでつらくなる過去を持っていたから、ルルムの気持ちがよくわかったのだ。

 周囲のそうした優しさが、彼女には嬉しかった。自分のできることで役立ちたいという思いが、彼女の中に自然と生まれてきた。彼女も、決して文字に堪能な方ではなかったが、マラーヤータの言葉を夢中で文字に刻んだ。

 紙やインクは領主の家に豊富に残されていたが、限りがあるため、普段は板や布切れに炭で書き留め、後で紙に清書して残していった。それがそのまま、彼らの法典となった。集団の中に何か揉め事があれば、必ずそれが開かれ、記された内容を元に采配をする決まりとなった。

 天の民たちの中で皆から重んじられるようになっていく一方で、彼女自身の去就を案ずる者たちも多かった。自由の身となった今、彼女はレニ族の仲間のもとへ帰ることもできるのだ。だが、ルルムは、自分の故郷へ戻るつもりはなかった。それがどこにあるのか知らなかったこともあるが、例え知っていたとしても、帰る気持ちはなかった。

 彼女にはもう、故郷へ帰る理由がなかったのだ。

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