第六章 悲しみの果てに(1)
敗軍の壊走は悲壮を極めた。捕虜となった者は幸運だった。逃げ遅れて討たれた者、最期を悟り自害した者は数を知らず、逃げ出そうとしたところを阻まれ、あるいは先を争って仲間に命を奪われた哀れな者たちも多くいた。追撃の矢を浴びせられ、命を落とした者たちもいた。後の記録によれば、この戦いで無事に逃げおおせたのは、わずか一割ほどであったと記されている。
高らかに上がる勝ちどきを背に、リフローネは今は静かに横たわる若き戦士一人一人の胸に手を当てて、冥福を祈っていた。その姿を、ナジャとマルコは黙って見つめていた。
亡くなった兵士達への追悼を終えると、ヒンデルが城から出迎えに来た。老将はリフローネの前に立つと、感極まって声を震わせた。
「リフローネ様・・・!よくぞご無事で!そして、誠にお見事でございました!」
久々に旧臣の声を聞き、リフローネの顔も幾分和らいだ。
「ヒンデル、よくぞフレスデンを守り通してくれましたね。またあなたの元気な姿を見られて嬉しいです。感謝いたします」
リフローネが自身の胸に手を当ててお辞儀をすると、老将は一層感激を強めた。
「勿体ないお言葉。公女様こそ、この大いくさで閃光のごときお働き。まるで、戦場に女神様が舞い降りたかのような、ご立派なお姿でしたぞ!」
興奮したヒンデルの言葉は少々大袈裟な言い様で、言われた当人はいささか気恥ずかしくも感じたが、誰も否定するものはいなかった。
その夜は、サールーンと首長達を迎え、フレスデン城で勝利の宴が催された。
宴席では、アフメドとムスタファが互いに盃を酌み交わしていた。
「ムスタファ殿の策には、実に感服いたしましたぞ!鮮やかに敵の虚を突く軍略なぞ、並の才覚では御座いませぬな!」
アフメドが、実にに力を込めてこう褒めそやすと、ムスタファも負けじと彼を讃える。
「アフメド殿こそ、比類なき勇姿は戦場随一でござった!間違いなく、セルヤムの歴史にその名が刻まれましょうぞ」
昨日の光景が嘘のように、肩を組んで笑いあっている。サールーンはと言うと、それを見て苦笑するしかなかった。
「サールーン陛下」
リフローネが近づいて、彼に声をかけた。振り向いて顔を覗くと、祝宴に相応しくない沈んだ表情をしている。
彼女は王の前に膝をつき、深く謝罪をしたのだった。
「陛下よりお預かりした大切な兵士達を、たくさん死なせてしまいました。償いの言葉も見つかりません」
サールーンはそっと彼女の肩に手を置いて、やさしく諭した。
「謝ることなどない。戦場で戦って死ぬことは戦士の宿命だ。あいつらは、とっくに覚悟はできている。お前は戦いに見事に勝利した。死んだ者たちも栄誉だろう」
リフローネの頬を、涙が伝った。
胸が痛んだ。ゲネブの山中で敵の刺客の命を奪ったときも痛んだが、そのときよりもずっと深い痛みであった。
「今日は疲れただろう。先に休め。明日はいよいよハーラント城下へ進軍することになる」
リフローネは立ち上がり、王に一礼をして身を引き取った。彼の言う通り、身体中が疲労で重かった。
寝室にたどり着いた彼女は、寝台に身を横たえると、そのまま深い眠りに落ちていった。




