第六章 悲しみの果てに(2)
翌日、斥候からの報告を待って、セルヤム軍はハーラント城へ進軍を開始した。
斥候からの情報によると、ハーラント城を取り囲んでいた帝国軍は、一斉に撤退を始めているとのことであった。
理由は不明である。フレスデン方面の状況が伝わり、セルヤム軍と戦闘になることを避けたためか、あるいは本国で何か重大な事態が起こったのか。はたまた、敵軍の策略の可能性も考えられる。
待ち伏せへの警戒を怠らず、セルヤム軍は慎重に進軍していった。
進軍には、フレスデン城のヒンデルの部隊も合流していた。リフローネ達は、公爵家の旗をヒンデルの部下に任せ、彼らとともに峡谷を登った。
空は穏やかに晴れ、白い雪に覆われた山の峰をくっきりと見せている。進む道にも雪は残っていたが、天候のお陰で進軍に苦労はしなかった。
徐々に、見慣れた景色に変わってきた。リフローネの胸に、自然と懐かしさがこみ上げてくる。と同時に、不安な気持ちも湧き上がってきた。ハーラント城を出立してから、すでに一ヶ月あまりが過ぎている。城下は、今はどうなっているのだろうか。父は、兄は、皆は無事だろうか。
とうとう峡谷を抜け、視界が開ける場所へ着いた。静かな水面に山々を映しているガリア湖。山の中腹には、懐かしいハーラント城の姿。帰って来たのだ。約束通り、セルヤムの援軍を連れて!
溢れそうになる感慨を抑えながら、リフローネは城門へと近づいていった。
門扉や城壁には、痛々しい傷痕がいくつも残っていたが、破られた形跡はなかった。
耐えたのだ。帝国の大軍に取り囲まれ、攻め立てられながら、一ヶ月もの間、耐え切ったのだ。見ると、そこかしこに折れた矢や槍などの武器、土塁や、何かが燃えた跡などが残されていた。
リフローネは、城門の前に立つと、大きく息を吸って声を上げた。
「リフローネ・レイナ・ハーラントが、ただ今戻りました!門を開けてください!」
彼女が言い終わると、扉は重々しい音を立てて、軋みながらゆっくりと開いた。
「公女様!」
門の中から、守備兵達が駆け出してきて彼女を迎えた。皆、驚きと感動をその顔に表していた。
「きっとお戻りになると、信じておりました」
ここの守備隊の隊長らしき男が、感極まったように目を潤ませながら声をかけた。
「遅くなってごめんなさい。お父様とお兄様もご無事ですか?」
リフローネの問いに、隊長の顔が曇る。
その表情に、良くない知らせを察し、リフローネは城に向かって走り出した。その後を追って、ナジャも走った。
「公爵様は礼拝堂にいらっしゃいます!」
背後で隊長の叫ぶ声が聞こえる。
ハーラント城へ続く坂を駆け登り、門をくぐって城の中庭を横切る。その一角に、小さな礼拝堂があった。扉を勢いよく開けてリフローネが飛び込むと、驚く父の姿が目に入った。その傍らには、棺が横たえられていた。
「リフローネ・・・!」
久々に見た父の姿は、すっかりやつれていた。だがリフローネの目は、父の足元にある棺に釘付けとなった。
「お兄様・・・?嘘・・・」
よろよろと近づき、その前に膝から崩れ落ちた。公爵は、憔悴しきった声で彼女に教えてくれた。
「ヘルンは、3日前に息を引き取ったよ。敵の騎士と戦った時に傷を負い、それが元で命を落としてしまったのだ」
リフローネの両目から、ボロボロと涙がこぼれ落ちた。
間に合わなかった。大切な兄は、自分が戻る前に、帰らぬ人となってしまっていた。
「ごめんなさい・・・!ごめんなさい!」
リフローネは棺にすがりつき、声を上げて泣いた。
ナジャは、呆然とそれを見つめていた。
「ヘルン様・・・」
自分を友と呼んでくれた、最も敬愛する主君は、もうこの世にはいない。
受け入れがたい事実が、重くのしかかっていた。
リフローネは、長い間泣いていた。母を亡くした時以来の、激しい嘆きであった。
窓から差し込んだ冬の日差しは、彼女の背中を悲しく照らしていた。




