第2話【大神京子_任意の部位を痒くする魔法】②★☆☆
「痒い!
ちょっと、ここ蚊がいるよ」
はじめに声を上げたのは山本だった。
肘の辺りを掻いている。
僕はさっき念じたことを思い出しながら、狙い通りの位置に効果が出たことを確認した。
「ほんとだ、私も刺された」
次に声を上げたのは安井。
安井はハイソックスのすぐ上、膝の裏あたりを掻いている。
これも狙い通り。
さぁ最後。
大神は二人と違って声を上げることはなかったが、スマホに目を落としたまま体の一部を掻き出した。
僕が魔法で指定した場所だ。
僕は掃除を続けながら、三人の様子を見守る。
「まだ梅雨も開けてないのに…」
そう言ったのは山本。
「ムヒとか持ってないよね」
これは安井。
「もってないー」
これは大神。
「だよねー。
ってかサイアク。めっちゃ痒いんですけど」
安井はそう言ってバリバリと足を掻く。
椅子に座って立膝を立てるものだからスカートの奥が見えてしまいそうになる。
教室に男が僕だけだからかかなり無防備だ。
というか、僕の存在が空気すぎて若干泣けてくる。
「掻くと余計に痒くなるっていうよね」
そういう山本も肘の辺りを盛んに掻いている。
どうやらこの魔法が与える痒みというのはそれなりに強いようだ。
「ねぇ」
と山本が僕の方を見て声をあげた。
「山田くん虫刺されの薬持ってたりしない?」
痒みが強くなり我慢ができなくなってきたのか、少し切羽詰まった顔をしている。
「ごめん、持ってないや」
何も悪く無いのに、こういう時謝罪から入ってしまうのが僕の癖だ。
無意識のうちに相手より自分のことを下に置こうとしている。そのせいで、相手から無駄に舐められることが多い。
案の定今回も、山本はがっかりした顔を隠そうともせずため息をついた。
「そんなに痒いの?」
僕の方から尋ねると、少しイライラしてそうな山本に変わって安井が答えてくれた。
「ヤバいよ。普通の蚊の十倍くらい痒い。
初物だからパワーが違う」
痒さの十倍というのが想像できないが、おそらく相当痒いのだろう。
安井の方も足が赤くなるほど掻いている。
山本と安井とはこれまで同じ班で活動してきた関係で、それなりに親しい(当社比)
なので普通に話もするし、いい意味で僕をぞんざいに扱うことに慣れている。
なんせ普段は、サッカー部レギュラーでコミュ強の横田が班にいる。
横田はいいやつなので、僕も輪に入れながら班全体で会話を回してくれる。
そのおかげで、山本と安井とは比較的心理的障壁なく会話ができる。
だが、そんな存在が身近にいたら僕の存在は必然的にぞんざいに扱っていい班のモブ男子に落ち着く。
まぁそれはさておき、山本と安井の二人はそのような関係値があるので僕の前でも割と遠慮なく体をバリバリと掻いている。
一方大神はというと、今日までほとんど絡みがなかった。
それは大神と僕の仲が悪いとかそういう話ではなく、僕は、同班でも無い女の子と基本的には関係がないというだけの話である。
その関係値の違いのせいか、大神は一人だけ積極的に身体を掻こうとしなかった。
あまり親しくない男の子の前で身体をバリバリと掻くのははしたないと思ったのだろう。
だが他の二人と同様に痒みが強いのは明白で、椅子に座りスマホを持った姿勢のまま固まっていたかと思うと、急に身体をくねらせて服との摩擦で患部へ刺激を与えるような仕草を見せたりしている。
土曜日に使った魔法は、効果が現れる前に重ね掛けをしてしまったので、魔法一回分の効果を確認できたのはこれが初めてだ。
どうやら「少し叡智な魔法の使い方」に書かれていた通りの効果が一回の使用で得られるようだ。
いや、三人の痒がり方を見るにそれ以上か。
それそろ頃合いだろう。
僕は頭の中が痒さで支配されつつあるであろう三人のことを見つめながら用意していたセリフを山本に向けて放った。
「薬は持ってないけど、実は虫に刺された時の対処法は知ってるよ。
道具を使わない方法なんだけど、少しコツがいるやり方なんだ。 もしよかったら、やってあげようか?」
僕の台詞を聞いて、山本の動きが一瞬止まる。
今の台詞の意味を咀嚼している様な間が生じる。
さっき、【多少無茶な理屈を言いくるめる魔法】を、山本にだけ追加でかけておいた。
だから、こちらの提案にもすぐにのってくると思っていたのだが……。
山本の様子を見るに、だいぶ警戒している様だ。
魔法を使っていない安井と大神に至ってはドン引きしている。
土曜日に使った時はほとんどなんでもいいなりの状態になっていたのでこの魔法のことを過信していたが、どうやら被術者やシチュエーションによって押し通せる無茶な理屈のレベルが変わるらしい。
そしてこの状況はどうやら無茶な理屈を通すのに向いてない様だ。
友達がいる環境なのが良くなかったか?それとも術者と被術者、つまり僕と山本の関係性が原因か?と脳内で一人反省会をしながら様子を見守っていると、山本がポツリと呟いた。
「それは本当に痒みを鎮められるんでしょうね?」
僕はその問いに即答した。
「もちろん」




