第10話【山田のモーニングコーヒー】⑥
コーヒーが無くなった。
けれど、まだ考え事は尽きない。
僕はもう一杯、コーヒーを淹れる。
淹れ直したコーヒーを飲みながら考えるのは、火災の翌日から今朝にかけてのことだ。
翌日、登校した僕は図書委員会を担当する先生をはじめとする、数人の先生からヒアリングを受けたり、保健室の先生のカウンセリングを受けたりした。
教室では、昨日の火災に関する話題でもちきりになっており、僕がその場に居合わせたことが分かると質問責めにあったりもした。
僕は、それらを適当に受け流しながら生活した。
二日目には、火災のことを話題にあげる人は半分に減り、三日目以降は少なくとも僕にその話題を振る人はいなくなった。
雑音をやり過ごしながら、僕は二つのことを気にかけながら生活していた。
一つは、鷲宮先輩の安否だ。
先生からは退院したことと、今週一杯は休むと連絡があったことを伝えられたが、詳しい容体については教えてもらえなかった。
本人に聞ければいいのだが、サウナでの出来事を自分の中で清算しきれておらず、メッセージの送信ボタンを押せずにいる。
もう一つは、花澤さんのことだ。
羽田さんを連れ帰った後どうなったかを知りたいのだが、ショートメッセージを送っても返信がない。
花澤さんのクラスまで行ってみたが、どうやらこちらも今週は休んでいるようだ。
魔導書が人の心を変えてしまうということについて、詳しく聞きたかったのだが、僕にはこれ以上花澤さんにコンタクトを取る方法がなかった。
というわけで、僕はこの二つの気掛かりを解消できないまま週末を迎えていた。
ちなみにこの期間、『少し叡智な魔法の使い方』は一切使用していない。
これ以上僕の心に変化を加えたくなかったし、羽田さんと違ってこの魔導書に完全に支配されているわけではないから数日使わなくても問題ない、ということ自分で証明したかったのだ。
だが、この取り組みは結論から言うと失敗した。
魔導書を使わないと決めたその日の晩から、僕は強烈な衝動に駆られることになる。
それは、エッチなことをしたいという衝動だった。
僕も年頃の男子高校生なので、性的な欲求に体を支配されそうになった事はこれが初めてではない。
こういう時は、二、三発発散させれば治るものだ。
はじめは、そう思っていた。
だが雑誌でしても、動画でしても、漫画でしても、どんな手を使っても僕の欲求は全く治る事はなかった。
むしろ、どんどんどんどん欲求が強まっていく。
さらに、何回繰り返しても全く残弾が尽きる気配がない。
人によっては羨ましがられそうな状況だが、無限に湧き出る欲求の塊は恐怖の対象でしかない。
一人で対処しようとしても全く発散できない事で、逆にフラストレーションが溜まっていく。
フラストレーションと比例して、ゴミ箱にティッシュの山も溜まっていく。
唯一、魔導書を使って森崎先輩や大神達にあんなことやこんなことをした時のことを思い出しながらした時だけ、少し気持ちに落ち着きが生じたが、それも長くは保たなかった。
欲求が発散できないことで、生活にも支障が生じた。
授業中、帰り道、寝る前、どんな時でも気が緩むと『少し叡智な魔法の使い方』に手が伸びていた。
そして、とうとう僕の理性は限界を迎えた。
木曜日の朝。
いつもより早起きした僕は、高校の最寄駅のロータリーのベンチに座っていた。
膝の上に鞄を置き、僕の欲望の隆起を隠しながら、鞄の中にしまった『少し叡智な魔法の使い方』を指で撫でる。
自分自身に【取るに足らない存在になる魔法】を使用した上で、魔導書は目当てのページを開いた状態で鞄の中にしまっていた。
そのページには、日曜日に新たに使えるようになった魔法が記されている。
僕の中の欲望は、鞄を持ち上げんばかりに膨れ上がっている。
逸る気持ちを抑えながら、その時を待つ。
ホームに電車が流れてくる。
ドアが開き、制服姿の人の波が流れ出てくる。
どっと溢れ出したその波は、階段、改札、また階段と段階を経るたびに細く長い人の流れに変わっていく。
僕は、流れていく人の列を観察しながら標的を選ぶ。
僕の狙いは早々に定まった。
女子生徒の三人組。
その真ん中を歩く一人。
特別目を引く美人というわけではなく、プロポーションが頭抜けているというわけでもない。
どこにでもいる女の子。
見覚えがあるのでおそらく同級生だが、名前は知らない。
なぜあえてその子なのかと問われれば、たまたま目に入ったからと答えるしかない。
たまたま目に入ったから標的にした。
僕は、その女の子に狙いをつけて『少し叡智な魔法の使い方』に指を触れ、念じた。
指先に小さな電流が走る。
するとその直後、僕が狙いをつけた女子生徒の足元で突如つむじ風が巻き起こり、彼女のスカートを無慈悲に捲り上げた。
さっきまで無風だった駅前に急に吹いたつむじ風に、女の子は全く反応できなかった。
朝のラッシュで混み合う駅前に、女の子のピンクのパンツが露わになった。




