第10話【山田のモーニングコーヒー】⑤
目が覚めた。
暗い、暑い、息苦しい、柔らかい。
目が覚めた僕に、いくつかの情報が波のように押し寄せてきた。
全てを同時に処理する事はできない。優先順位をつける必要がある。
僕が優先したのは、息苦しさから逃れる事だった。
「ふ、はぁ」
幸い、首を少し動かしただけでそれは達成された。
顔にかかっていた何かが外れ、新鮮な空気が肺を満たす。
酸素が脳に回り始め、今の状況を飲み込み始めた。
目を覚ました状況は、昨日の保健室で目覚めた時とよく似ていた。
知らない天井とその天井を四角く切り取る鉄パイプ、その鉄パイプにぶら下がるビニル製のカーテン。
違うのは、部屋が暗く天井の蛍光灯の灯も消えているという事だ。
おそらく夜なのだろう。
一瞬、また保健室で目が覚めたのかと思ったが、ベットの脇に置かれた心電図を映し出すモニターがそれを否定する。
周囲をよりよく見ようと体を動かそうとして、自分が今どういう姿勢をとっているのか気がつく。僕は抱き枕を抱えたような体勢で眠りについていた。
暗闇に慣れてきた目が、抱き枕の正体を捉える。
そこにあったのは、すやすやと安らかな寝息を立てる鷲宮先輩の寝顔だった。
「っく……」
声を上げそうになったのを必死で押し殺す。
徐々に覚醒していた脳が、この衝撃で完全に目覚め、自分の状態を理解する。
僕は、鷲宮先輩のベットで、鷲宮先輩に抱きついた状態で気を失っていたのだ。
それも、足を絡ませ、腕を腰に回し、手は鷲宮先輩の控えめな乳房を包み込むような位置にある。
それはまるで、行為後の恋人がピロートークを楽しむときのような体勢だった。
僕は慌てて鷲宮先輩から離れようとしたが、落下防止用の柵に阻まれる。
そのせいで、むしろより強く鷲宮先輩を抱きしめる格好になる。
太ももの弾力が、脇腹の柔らかさが、わずかに感じる胸の膨らみが、体温と共に僕の五感を刺激する。
その刺激のせいで僕の体に変化が起きる。
大抵の男性が寝起きに経験する生理現象が発生し、鷲宮の太ももと僕の下半身の接触部位の圧迫感が強くなる。
強く抱きしめたことで、鷲宮先輩の状態もより詳しくわかった。
先輩は、僕が気を失う前に看護師さんが話していたとおり入院着に着替えさせられていた。
この病院の病院着はガウンタイプのようで、鷲宮先輩は下着姿にガウンの病院着を羽織っただけの姿でベットに横になっていた。
暗い上に布団で隠れているので目視はできないが、この病院着な防御力はかなり低そうだ。
実際、僕が抱きついていたことで、その病院着も乱れており、ほぼ下着姿となっていることが肌と肌との触れ合いから読み取れる。
多分布団の下は、旧劇のエヴァのあのシーンのアスカのような格好になっているはずだ。
僕は、その時のシンジくんと同じかそれ以上の欲望が自分の中で起き上がるのを感じた。
この状況から推察するに【取るに足らない存在になる魔法】はまだ継続している。
でなければ、患者のベットで気絶している人間を数時間も放置したりしないだろう。
つまり今の僕は、何をしても見つかる事はない。
僕の顔の数センチ先には、鷲宮先輩の寝顔がある。
その唇に僕の唇を重ねる事は容易だろう。
僕の右手は、すでに鷲宮先輩の控えめな乳房を包み込んでいる。
揉み応えは期待できないが、気の済むまでささやかな膨らみと先端にある小豆の触り心地を堪能することができるだろう。
僕の左手は、腰を掴んでいる。
少し動かすだけで、パンツの隙間から一番セキュリティが厳しいエリアは侵入することも容易だろう。
ここは、サウナでも触れられなかった場所だ。
シンジくんはアスカのこの姿を目で見ただけで我慢ができなくなっていた。
ましてや、ゼロ距離で抱きついている僕に我慢することができるだろうか。
……僕は、鷲宮先輩のカラダを無茶苦茶にしたいという猛烈な欲求に耐えながら、落下防止用の柵を乗り越えてベットから這い出た。
ピコン、ピコン、ピコン
ベットの横で、鷲宮先輩の脈を表示する心電図が規則正しい電子音を流している。
きっと、今の僕にこれがついていたらアラームが鳴るだろうなと思うほど、心臓が痛いほど鼓動が早い。
気持ちと呼吸と心臓の鼓動を抑えるために、数回深呼吸をする。
呼吸を落ち着けてから、改めて鷲宮先輩の様子を観察する。
いくつかの計器に繋がれているが、点滴は取れている。
ベットの脇に飲みかけのペットボトルが置かれている。
おそらく、鷲宮先輩が飲んだものだろう。
その横には、入院手続きと退院手続きに関する書類が重ねて置いてある。
どうやら、僕が気を失っている間に鷲宮先輩の方は意識を取り戻したようだ。
そして、入院生活もそう長くならないようだ。
僕はほっと胸を撫で下ろす。
色んなことが立て続けに起こって脳がキャパオーバーを起こしているが、鷲宮先輩の安否は最も気掛かりなことの一つだったからだ。
鷲宮先輩は、穏やかな表情で眠っている。
その顔を見ていると、抑えたはずの欲望がまた起き上がりそうになる。
この場に長居をすると、自制が効かずどんな行動に出るかわからない。
僕は、鷲宮先輩の寝顔をもっと眺めていたい気持ちを押し殺し、病室を後にした。
帰り道、ナースステーションや警備室のそばを通ったが、魔法のおかげで誰にも気づかれる事はなかった。




