第10話【山田のモーニングコーヒー】④
気を失っている間、僕は夢を見ていた。
それは、幼い頃から現在までの記憶の断片を繋ぎ合わせた長尺の走馬灯のような夢だった。
物心ついたころの、保育園の砂場
男の子も女の子も一緒になって遊んでいる。
小学生の放課後
女の子とつるむのが恥ずかしくなり、男友達と遊んでいる。
中学生の部活中
女の子とはさらに距離ができたが、同時に気になる子ができた。
中学生の帰り道
初めての告白と失恋。
失恋は、夕焼け雲と共に記憶に残っている。
高校生の委員会活動
話の合う先輩との何気ない会話。
女の子と仲良くしていても、誰も気に留めない心地の良い無関心に、安堵感を覚える。
彼女がいたことはない。
だが、友達が極端に少ないということはなく、異性とも人並みには交流があった。
女性経験はない。
だが、そのことに過度な劣等感や焦燥を感じたことはない。高校二年生であれば、今時経験がない方が多数派だ。
性欲はある。
だが、普段の生活に支障が出るようなことはない。性的嗜好も、特に特殊だと自覚したことはない。
自慰行為も週に二日程度。男子高校生としては少ない方だと友達との会話で知る
夢……とまでは呼べない将来への希望はある。
いつかは彼女ができ、初体験を経験して、人並みの家庭を築いていくのだろうと漠然と思い描いている。
そんな、どこにでもいる男子高校生が僕という人間だった。
ホームムービーのような柔らかな背景に映し出されていた僕の記憶は、ここから一気に嵐のような激しい背景に変わる。
『少し叡智な魔法の使い方』を拾った僕。
これまで感じたことのない欲望が増していく。
そこから繰り返す、人目を憚る行為の数々。
夕方の図書室
森崎先輩をお漏らしさせたのは、偶発的な出来事だった。
だが、その後本棚の陰で服を脱ぐように誘導したり、下半身裸のまま目の前を歩かせたのは、意図的な行為だった。
僕は、先輩を下半身裸で歩かせるような鬼畜だったから?
放課後の教室
大神のたちの体の部位を痒くしたのは、掃除をサボる彼女らへの罰のつもりだった。
安井や山本へやったことであれば、まだその言い訳も通用するかもしれないが、大神に対する行為は行き過ぎてはいなかったか?
休日の図書室
森崎先輩が、いくら言いくるめられやすいからと言ってオムツを履かせようという発想はどこから沸いてきた?
僕はこれまで、そう言った題材のアダルトビデオを観た事はないし、自分自身がオムツを履いた女性に興奮する性格であると自認していなかった。
女性器に触れようとした行為は、逆に直接的過ぎてここまでの他の行為よりも理解はできる。
だが、無抵抗な女性の大事な部分に触れて欲望を満たそうという考えを、魔導書を手に入れる前の僕なら持っただろうか?
その時だって、僕は自分自身の行動に疑問を持っていた。
確かに女性の体に興味がなかったといえば嘘になる。けれどそれは、恋仲になった女性と適切なステップを踏んだ先にあるコミュニケーションの一つとして想像していただけで、痴漢のような一足跳びに即物的な欲求の解消を求めていたわけではない。
記憶の背景がまた変わる。
今度は燃え上がら炎だ。
この光景は、記憶に新しい。
《違う!これはあなたの本当の望みじゃない。
魔導書の魔力で増幅して歪められた偽りの望みなの》
燃え盛る炎に囲まれたイベントホールで叫ぶ花澤さんの姿が見える。
この言葉は、レザー少女こと羽田さんへ向けられたものだが、今の僕には強く突き刺さる。
花澤さんの言葉は、そのまま僕のここ数日の行動への非難のように聞こえる。
そもそも僕は、『少し叡智な魔法の使い方』を拾ったその瞬間から、どんなえっちな使い方をしようか?と言う考えに囚われていた。
だが、こんな得体の知れない魔導書を見つけてすぐにそんな発想になるだろうか?
普通はもっとこの魔導書の存在について疑問を持ったり疑ったりするはずだ。
だが僕は、すんなりとそれが本物であると受け入れた。
と言う事は、僕は『少し叡智な魔法の使い方』を手に取った瞬間から考え方をコントロールされていたと言う事なのか?
わからない。
今思い返せば、確かに僕は僕らしくない不自然な行動をしていたようだ。
だが、その時々の僕には感情を操られていたり変化させられている認識はない。
今もなお、ここ数日の行動は、全て僕という一人の人間の意思による選択だと強く言い切れる。
僕らしくないと思う気持ちと、全て僕の選んだ道だという気持ちが同居している。
《魔導書は、所有者の心を文字通り変質させてしまうの。
今日この火事を引き起こした彼女も、自分の意思で行動していると言っていたけどそんなことはない。魔導書の影響を大きく受けているはずよ。
そして、山田……先輩。あなたもその一人》
また花澤さん声が再生される。
その時は反射的に反論したが、夢の中で改めて自分について振り返った今、積極的な反論の言葉は出てこない。
むしろ、夢の中という心がむき出しのこの状態であれば、花澤さんの言葉を受け入れることができた。
僕は、魔導書を手にしたことで何かが変わってしまったかも知れない。
《こういうのは、大抵自分自身じゃ気が付かないものなのよ。
今は心の底から理解していなくてもいいわ。
それに、あなたは魔導書の魔力に対して耐性がある方だということも分かったし》
だが、花澤さんのいうとおり、何がどう変わったのかその瞬間瞬間に自分自身で認識する事は非常に困難だ。
僕は何かが変わった。
けどそれを自覚する事は難しい。
今の僕には、そのことを認めることくらいしかできない。
けれど、それだけでも大きな変化だと思う。
夢は、僕がそのことを自認することを待っていたかのように、唐突に終わった。




