第9話【上野ひとみ_とっても気持ちのいいマッサージ】⑥
私が晩御飯を食べている間、山田くんはコンビニで買ってきたプリンを食べていた。
「寝る前にどうしても甘いものが食べたくなって……」
そう言ってはにかむ山田くんは、とても可愛い。
ご飯を食べながら、私は改めて日曜日のあの悲しい事故の経緯を詳しく説明した。
その話の中で今の会社がいかにブラックかを熱く語ったせいで、ご飯を食べ終わる頃には山田くんから憐れみと労りの目で見られることになってしまった。
その代償と引き換えに、この短時間で私たちはかなり打ち解けることができた。
「上野さん、苦労されているんですね」
プリンを食べ終わった山田くんが、私の分のお弁当のゴミも合わせて片付けてくれながら呟く。
(ちなみに、もちろん自分の分は自分で片付けると言ったのだが、「我が家のゴミ捨てのルールが少し細かいので僕の方で片付けちゃいますね」と言われ、やらせてもらえなかったのだ。本当に!)
「まぁ大人になればみんなそれなりに大変だよ。
仕事自体は楽しいしね。
けど、学生の頃みたいに寝たら回復、ってならないのが一番辛いかなぁ。
今も体がバキバキでさ」
肩を鳴らすとボキボキボキと何かが爆ぜるような音が響く。
山田くんにも聞こえたようで顔を顰めている。
「それ人の体から出ていい音じゃないですよ」
「だよね。私も初めて自分の体からこの音がした時は焦ったね。今じゃ少し動くだけでも鳴るから気にしなくなっちゃったけど」
片付けを終えた山田くんが戻ってくる。
山田くんはリビングの壁掛か時計をチラッと見た。時刻は深夜1時半を超えるところだ。
「あの、今日はリビングで寝てもらっていいんですが、その前にマッサージさせて貰えませんか?」
山田くんからの申し出に、私は眉を顰める。
「マッサージしてあげましょうか?じゃなくて?」
「そうです。実は最近YouTubeでマッサージ動画とか鍼動画とかを見るのにハマってて、体が固まってる人をマッサージしてみたいなって思ってたんです。
動画見ただけの素人なんで、上手にできるかわからなくて……だから、上野さんが良ければマッサージさせて貰えないかなと思って」
少し恥ずかしそうに話す山田くんに、私は親近感をおぼえた。
「わかるわかる。私も耳掃除の動画にハマって友達の耳掃除させてもらったことあるな」
私の話を聞いて、山田くんが笑顔になる。
山田くん的には少し勇気のあるお願いだったようで、私の反応がいいことにホッとしているようだ、
私も、男性に急に「マッサージしてやるよ」と言われたら拒否反応をしましただろう。
けれど相手は山田くんだ。
ここまでのやり取りの中で、私に性的な目を向けていないことは十分わかっている。
そんな人がマッサージしてくれるというのなら、むしろありがたい話だ。
「けど、私結構マッサージとか整体には通ってるから、舌は肥えてるよ?」
「望むところです。
それじゃあ、そこに敷いてある布団にうつ伏せで寝てください」
山田くんはリビングのローテーブルをどかして床に敷かれた布団を指さして行った。
私がお風呂に入っている間に敷いてくれたようだ。
ほぼ初対面の私のためにわざわざお客さん用の布団まで引っ張り出してくれるだなんて、山田くんは本当に優しい。
あまりに優しいので、気を抜くと何か裏があるんじゃないかと疑いたくなる。
山田くんはそんな人じゃないのに。
私は体操服のまま、布団にうつ伏せに寝転がる。
ふかふかの布団に体を預けると、それだけで昇天してしまいそうなほど気持ちがいい。
「それじゃあ失礼して」
山田くんは私の右脇に座ると、私の着ている体操服の裾を捲り上げた。
私の腰から肩甲骨にかけての背中が露わになる。
「え、あの」
「ローションたらしますね。少しひやっとしますよ」
「ひゃん」
私の動揺をよそに、山田くんは露わになった私の背中にローションを垂らす。
このために服を捲ったらしい。
素人と言っていたが、かなり本格的なようだ。
目的が明確なら、服を捲られた事も納得せざるを得ない。
一瞬、(やっぱり山田くんは、私の体目当てだったのね?!)と身構えた自分が恥ずかしい。
山田くんの指が私の背中を滑る。
ローションが、露出した肌全体に行き渡る。
お風呂に入り、夕飯を食べ、お酒も入れて、まだ少し火照っていた体に人肌の温度のローションの冷たさが心地よい。
山田くんの指は、私のと変わらないくらい細い。
けれど、私のものよりも少し筋張っていて細い。
そのわずかな違いすらも、外気にさらされローションによって敏感になっている背中の肌には刺激が強い。
山田くんにそのつもりがなくても、若い男性に肌を触られているという事実が、私の体を熱くする。
これは、お風呂やお酒のせいではない。
私は、その気になろうとする自分の体を懸命に押し留める。
さっき、ボクサーパンツの割れ目から指を入れた悪影響で、体が刺激を求めているのが分かる。
それでも、必死に体の昂りに抗う。
今日は、私が痴女ではないことを証明するためにここにやってきたのだ。
そして、山田くんは善意でマッサージをしてくれている。
ここで私が、邪な気持ちに支配され、山田くんの指先に欲情してしまえばどうなる?
『ただのマッサージで発情するなんて、やっぱり上野さんは痴女だったんですね!
助けて!警察の人ーーー!』
イメージ上の山田くんが110番する。
これは、私の妄想だがこの後の行動によっては訪れる可能性のある未来だ。
私は、山田くんな背中を触られながら決意する。
このマッサージで、何があっても発情しない!と。
「それじゃあ、本格的にマッサージ始めますね」
決意と同時に、山田くんの指の力が強くなった。
「ああん」
山田くんのひと押しで、私の決意はすでに崩壊寸前となり、口からはだらしない声が漏れる。
緊張していた体から力が一気に抜ける。
お借りしているお布団に、私の口からよだれが垂れる。
「どうですか?気持ちいいですか」
山田くんが聞いてくるが、答えられない。
なぜならば、山田くんのマッサージが、想像を絶するほどに気持ち良かったからだ。




