第9話【上野ひとみ_とっても気持ちのいいマッサージ】⑤
私は、山田くんちの脱衣所で素っ裸のまま固まっていた。
目の前には、半袖短ズボンの体操服と、男性用ボクサーパンツ、そして絆創膏が2枚。
山田くんは着替えを準備すると言ってこれを置いて行った。
念のため他に物がないか探して見たが、何もない。
これが全てだ。
私は、湯船温もり熱を持った頭で順番に考える。
まずはボクサーパンツだ。
私は、綺麗に折りたたまれて置かれていたそれを手に取る。
体操服は新品という話だったが、このパンツは明らかに使用した形跡がある。
と言っても汚れているとか、そういうことではない。
むしろ、洗濯されていて清潔な感じがする。
使用した形跡があるのは、パンツの前の部分。
男性の大事な部分を守る箇所だ。
そのパンツは、その部分だけ少しだけ伸びていたのだ。
まるで、何かを格納したことがあるかのように。
私は素っ裸のまま、ボクサーパンツを体に合わせる。
サイズ的には問題なく履けそうだ。
だけど、これを履いてしまっていいのだろうか?
明らかに山田くんが履いたことがあるパンツを、アラサー女の私が履く。これも何かの犯罪ではないか?
いや、山田くん本人が勧めてくれているのでその心配はない……はずだ。
それに、これを履かないとなると、ノーパンに体操服の半ズボンを履くことになる。
山田くんは新品の体操服と言っていた。
つまり、今後はこの体操服を使っていくということになる。
そんなものにアラサー女の生尻を付けてしまうのはよろしくないのではないか。
私は、ボクサーパンツを履くことと、体操服に生尻を擦り付けることを天秤にかけ、前者を選択した。
私は、恐る恐るボクサーパンツに足を通す。
見た目ほど締め付けは強くなく、意外に履き心地がいい。
お尻なんて、自分のパンツよりもしっくりくるくらいだ。
ただ、前側は本来そこに収まるべきものを私が持ち合わせていないため、少しスペースが空いている。
それに、このパンツには女性用の下着にはない大きな特徴がある。
男性が、用を足すときのための隙間が、堂々と空いているのだ。
男性用の下着をまじまじと見たことはなかったので考えたことがなかったが、この隙間って結構エッチなのだはないだろうか?
私は、隙間から指を入れる。
当然、その先には私の大事な部分がある。
女性用の下着に同じような隙間が空いていたら、そこから連想される用途は男性のそれとは異なる。
私には縁がないが、そういう世界で生きている女性は、身につけたことがあるかもしれない。
女性ならドスケベ下着にしかない機能が、男性の下着には標準装備されている。
では、その男性用下着を女性が身につけた場合、それはドスケベ下着になるのではなかろうか?
私は、パンツの隙間から入れた指を少し動かす。
このところ仕事が忙しく、ずいぶんとご無沙汰だった。
彼氏なんて久しくいないので、もっぱらこの指が相手だ。
今日はその指が、下着の隙間を縫って遊びにきている。
ただそれだけのことが、何故だかとても背徳的に感じられる。
普段こういうことをする時はパンツを脱いでいる。
それはそれでいいのだが、今日のように手の可動範囲が制限されていると自ずと刺激が1箇所に集中して……。
……私はなにをしている?
脱衣所にある洗面台の鏡には、素っ裸に男子高校生の使用済みボクサーパンツを履いて、そのパンツの前の隙間から指を入れて顔を赤らめたアラサー女が映っている。
これは、明確に何かの法律に違反している。
対応する条文がなければ、新たに策定しなければならないレベルの凶悪犯罪だ。
私は、急いで指を引き抜き、半ズボンを履いた。
証拠隠滅は迅速に行うに限る。
私は何もしていなかった。
そう自分に言い聞かせる。
さて、下半身は一旦大丈夫だとして、問題は上半身だ。
ブラでもキャミソールでもなく、大きめの絆創膏が2枚置かれている。
私は上半身裸のまま考える。
数秒の思考ののち、一枚の絆創膏を手に取り、シールを剥がす。
そして、絆創膏のガーゼの部分を左胸の乳首に合わせて貼り付けた。
もう一枚は、同じように右胸に貼る。
脱衣所の鏡を見る。
半ズボンの体操服を履き、上半身裸の乳首の部分に絆創膏を貼ったアラサー女が写っていた。
なんとも間抜けなその姿を隠すように、半袖の体操服を着る。
脱衣所の弱めの照明では確証が得られないが、多分透けてはいない……と思う。
上半身を捻って少し動いてみる。
ブラがないので二つの脂肪の塊がいつもよりも自由に跳ね回るが、絆創膏が守ってくれているので乳首が擦れることはない。
山田くんが想定していた使い方は多分これであっているはずだ。
下着とは口が裂けても言えないが、最低限乳首だけでも守ってくれているのでよしとするか。
改めて鏡を見る。
準備されていた下着の衝撃で忘れかけていたが、そこには半袖半ズボンの体操服を着たアラサー女が立っている。
改めて見ると、この年で半袖半ズボンの体操服を着ているというのはかなりきついものがある。
長袖長ズボンの体操服は、寝巻きにしたりしてなんだかんだこの歳でも使っていたりする。というか私の普段の寝巻きは高校の体操服だ。
だが、半袖半ズボン。
これは、卒業以来着たことがない。
着る機会がない。
半袖半ズボンの体操服は、成人した女性が着るにしては、妙に露出が多い気がする。
特にこの半ズボン。
裾が大きく開いているので、座り方によってはパンツまで見えてしまいそうだ。
ただの体操服が、これほど恥ずかしいものだとは思いもしなかった。
山田くんは、私を恥ずかしい目に合わせようとしている?
一瞬よぎったその考えを、頭を振って振り払う。
その件は、さっき結論づけた。彼に疚しい気持ちはない。
この体操服も絆創膏も、彼が私のために考えて準備してくれたものだ。
この体操服だって、現役高校生の彼からしてみれば普段から着ているものだ。
どちらかといえば、これを着て羞恥心を覚えている私の方がいけないのだ。
彼の準備してくれた服を着て恥ずかしそうにしていることの方が、彼に対して失礼にあたるだろう。
私はそう言い聞かせると、一歩ごとに暴れる胸をあえて抑えずに堂々と脱衣所を出た。
「疲れは取れましたか?
上野さんの荷物の中にあったお弁当温めておきました。お酒は氷があるのでグラスに注いで飲んじゃってください」
リビングでは、私の買ったハンバーグ弁当と酎ハイを準備しながら微笑む山田くんの姿があった。
彼の視線は、今もなお揺れる私の胸には向かず、私の目だけを捉えている。
その表情からは、私を意図的に恥ずかしがらせようとしたとは到底思えない暖かさが滲み出ていた。
私は、一瞬でも山田くんに邪な気持ちがあるのではないかと疑った自分を恥じて俯いた。
そのせいで、山田くんが一瞬だけニヤリと悪そうに笑ったのを見逃してしまった。




