第1話【森崎千紗_尿意を操る魔法】④ ★☆☆
「今日は本当にご迷惑をおかけしました。
ジャージまで貸していただいて本当にありがとうございます」
駐輪場で、森崎先輩はこれで何度目かわからない謝罪の言葉を口にした。
僕はその言葉を恐縮しつつ受け取る。
僕の魔法が全ての原因なので、こんなにも真摯に謝られるとさすがに罪悪感が強くなる。
あの後、僕のジャージを履いた森崎先輩はわずかに平静を取り戻した。
僕らはなんとか荷物の片付けと、水たまりの処理を終えて二人で図書室を後にした。
鍵を職員室に返すので先に帰っていいと告げたのだが、森崎先輩は職員室まで着いてきて僕が鍵を返すのを待っていた。
僕としては一刻も早く家に帰ってさっき見た光景を反芻したいと思っていたのだが、森崎先輩を振り払って走るわけにもいかず、人より少し狭い幅の彼女のペースに合わせて歩いた。
そしてそのまま二人で駐輪場まで歩いてきたのだった。
その間、森崎先輩は顔を赤くしながら謝り続けていた。
「このジャージは新しいのを買って弁償します」
森崎先輩は、自分が履いている僕のジャージを握りしめて言った。
「え、いいですよ。洗濯だけしてくれれば」
「でも私、パンツを……
それで、あの、さっきから結構擦れて……」
そこまで言って言い淀む。
森崎先輩の言いたいことはわかった。
彼女のパンツはおしっこで汚れてしまったので、いま彼女はノーパンのままジャージを履いている。
大事なところが直接触れてしまったことを気にしているようだ。
「僕は気にしないんで大丈夫です。
それに予備もあるので急がなくてもいいですよ」
「じゃあせめて何かお詫びを。
あとお借りしたものを返す連絡もしたいので、連絡先交換してもらってもいいですか?」
連絡先の交換については素直に受ける。
こんなに可愛い人の連絡先を入手できる機会を逃す手はない。
「山田くんって言うんですね」
交換したSNSのアイコンを見ながら、森崎先輩が俺の名前を呼んだ。
「それじゃあ僕はこれで。
帰り道お気をつけて」
連絡先を交換したらもうすることは無い。
一刻も早く家に帰るために自転車にまたがる。
「あの!」
そのタイミングでまた森崎先輩に話しかけられた。
「今日のことなんですが、できれば先生方には内緒にしていただきたくて」
何かと思えばお漏らしの件をチクらないでほしいと言うことらしい。
元々、魔法の効果を確かめるために僕が起こしたことなので当然誰にも話すつもりはなかったのだが、森崎先輩があまりに不安そうな顔をするので思わず嗜虐心が湧き上がる。
「そうは言っても、僕も先生の留守を任されていたのでその間に起こったことは報告する義務があるので……。
先輩からの頼みでもそれはできないですよ」
「そこをどうかお願いします。
私は恥ずかしいから黙っていて欲しいわけでは無いんです。あ、いや普通に恥ずかしいは恥ずかしいんですけど」
森崎先輩は僕のジャージを握りしめる。
「私には年の離れた弟が3人います。親が共働きなので、平日の夕飯やお風呂の世話は私がやっていてあまり勉強する時間が取れていないんです。
休日は手はかかりませんが、3人とも騒がしく遊んでいるのでとても家で勉強ができる状況じゃありません。
学校で勉強ができなくなると、その、とっても困るんです」
なるほど。
時間いっぱいまで図書室に残って勉強していたのにはそう言うわけがあったのか。
「事情は理解しました。
けど、また同じようなことがあるといけないので」
「そんな!今日みたいなことは初めてなんです!
今日はたまたまキリがいいところまで終わりそうで、そしたら急に尿意が」
「これまで起こらなかったことが今日起きたってことは、次が起こらない保証はないですよね?」
「うう……」
ジャージを握りしめた森崎先輩が泣きそうな顔になる。
先輩ではあるが、小柄なその姿はついついいじめたくなってしまう雰囲気を纏っている。
とはいえこのまま返すのは少し忍びない。
それに、今の会話からちょっとイイコトを思いついた。
「わかりました。
先生への連絡は保留にしておきます。
その代わり、次に図書室で勉強するときは必ず僕に声をかけてください」
叡智な魔導書が本物であることは今日のテストではっきりした。
だがうまく使いこなすにはもっともっと練習が必要だろう。
だがこの魔導書に書かれている叡智魔法は、ほぼ全て対人魔法。
一人で練習することはできない。
今日の反応を見るに、森崎先輩は【多少無茶な理屈でも言いくるめる魔法】が効きやすい。
練習台になってもらうのに好都合だろう。
「ほんとに?ありがとう。
次図書室に行くときは必ず連絡するね」
森崎先輩はこちらの思惑など気づかない様子で、ホッとした笑顔を見せた。
森崎先輩と別れ家に帰り、ひとしきり今日の出来事を振り返り一息ついたあと、僕は「少し叡智な魔法の使い方」を開く。
読むことができるページに変化はない。今日一回魔法を使ったくらいでは、新しい魔法を使えるようにはならなかったようだ。
だがまぁいい。
それでもまだ使っていない魔法はたくさんある。
一つづつゆっくりと試していけばいい。
その夜、僕はなかなか眠ることができなかった。
原因は、魔法を使えるとこに対する興奮かそれとも目に焼き付いて離れない森崎先輩のあられもない姿か。
とりあえず後者を鎮めるために僕は箱ティシュに手を伸ばす。
ようやく眠りにつけた時には、枕元のティッシュ箱は空になっていた。




