第8話【風の魔法使いと真のラッキーすけべ】⑥★★☆
現場は騒然としていたが、この火災の規模から考えると信じられないほどに悲壮感が少なかった。
「今のところ重症者はいません。
逃げ遅れた人がいないかは現在調査中ですが、火災発生の前から匿名での通報があったこともあり、ほとんどの人は無事に避難できています」
救急隊員たちの会話が聞こえてきた。
どうやら、悲壮感が薄い理由は人的被害の少なさによる物らしい。
実際は、プレオープン中のサウナで逃げ遅れた客が二人いるのだが、僕ら以外は上手く逃げられたという事だろうか。
匿名の通報と言っていたので、もしかしたら花澤さんが何かしたのかもしれない。
その花澤さんの姿が救護テントの中にあった。
傍には僕のジャージを着て簡易ベッドに横たわる鷲宮先輩の姿が見える。
救護スタッフが二人ついていた、一人がバイタルを確認するための器具のようなものを鷲宮先輩の手に取り付けてその数値を読み取っている。
もう一人は花澤さんから事情を聞いていたようだが、僕が到着した頃には、必要事項を書き終えたのか奥へ下がっていた。
僕は花澤さんの視線の先に移動して、声は出さずに大きく手を振って合図を送ってみる。
けれど、花澤はこちらに気づく様子もなく、ベッドに横たわる鷲宮先輩を心配そうに見つめるだけだ。
【取るに足らない存在になる魔法】を使っているので当然と言えば当然なのだが、昨日はこの状態の僕をどういうわけか認識していたし、魔法についておそらく僕よりも知識を有しているであろう花澤さんなら見えるのではないかなと思ったのだが、この状況では無理なようだ。
僕は、スマホを開きショートメッセージで花澤さんに連絡を入れる。
『無事に外に出たよ。
今目の前にいます。魔法を使っているから多分見えないと思うけど』
送信を押すと、すぐに花澤さんがスマホを開いた。
僕のメッセージを読むと、一度周囲を目だけで見渡した後スマホに目を戻す。
しばらくして僕のスマホにメッセージが届く。
『お疲れ様。
これから私の後について来て』
花澤さんは、僕の返事を待たずに救護担当の人と一言二言言葉を交わすと歩き出した。
偶然僕がいた方に歩いてきたので、宙に浮かぶ元レザー少女とぶつかりそうになる。
僕は慌てて元レザー少女の位置をずらす。
危ないところだった。
あのまま進んでいればM字開脚した彼女のお尻に花澤さんが突っ込むところだった。
元レザー少女は、僕が急に体を動かしても目を覚ます様子はない。
僕らのことは見えていない花澤さんは、こちらの都合などお構いなしで進んでいく。
僕はその後をついていく。
花澤さんは、駐車場を火災現場とは逆方向に歩いていく。
途中までは、救護スタッフや焼け出されたお客さんたちがひしめいていたが、しばらく歩くと火災見学の野次馬たちが増えてきた。
耳の早い報道のカメラまできている。
そんな多数の視線が集まる場所を、海パン姿の僕と下着姿でM字開脚な姿勢をとり宙に浮かんだ元レザー少女が進んでいく。
魔法の効果で誰もこちらに気づかないが、僕の視点からはとてもシュールな光景がずっと見えている。
今なんて火災現場を指差していた少年の人差し指が、元レザー少女の股を掠めた。
火災現場を撮影する無数のスマートフォンには、彼女の下着姿がバッチリと捉えられている。
こちらでは懸命の消火活動が続いています!とリポーターが指差した先では、元レザー少女のおっぱいが揺れている。
あ、そう言えば電子機器にこの魔法は有効なのだろうか?
昨日は僕の行動を花澤さんのスマホに録画されていた。
だが、スマホ越しにこちらを見ている人の反応を見るに、僕らの姿は見えていなさそうなので多分スマホ越しでも魔法は効いている。
昨日と今日で何が違うのか?
考えればその理由に辿り着けそうだったが、人ごみの中をそんな考え事をしながら進むのは到底無理なので、一旦棚上げする。
野次馬の人混みをなんとか潜り抜け、ショッピングモールの駐車場の一番奥の方までやってきた。
ここまで来ると人の姿はまばらで、みんな火事の方を見ているのでこちらに注目している人はいない。
花澤さんは、そこに止まられていた黒いファミリーワゴンの前で足を止めた。
スモークがガラスが貼られて、中の様子は確認できない。
花澤さんが助手席側の扉をノックすると、ウィンドウが下がる。
運転席には、大学生くらいの少しチャラい男が座っていた。
「おいおい、大惨事になってるじゃん。
全然止められてないじゃんよ」
男は花澤さんの顔を見ると開口一番そう言った。
どうやら花澤さんの協力者らしい。
「うるさい。いろいろ想定外なことがあったのよ。
それより、後ろ開けて」
花澤さんは、明らかに年上に見えるの運転席の男性に向かってぞんざいに返すと、後部座席のスライドドアを開けるように要求した。
運転手はそれに素直に従う。
この二人の力関係が早く見えてきた。
花澤さんは、それを確認すると振り返る。
危ない、元レザー少女を花澤さんの後ろに浮かせていたので危うくぶつかるところだった。
「ちゃんとついてきてる?
この車に乗って魔法を解いて」
花澤さんは僕にそう指示を飛ばす。
だが、僕らのことは見えていないのでその視線は元レザー少女の太ももに向けられている。
「おいおい、頭でもおかしくなったのか?
誰もいないじゃないか」
運転席の男が揶揄うが、花澤さんはひと睨みでそれを黙らせる。
僕はまず元レザー少女を後部座に座らせる。
車のステアリングが軋む。
運転手の目線では、何もないのに車が揺れたように感じたのだろう。ギョッとした目で後部座席を見る。
元レザー少女に続いて僕も車に乗り込み、スライドドアを閉める。
スライドドアが閉まるのを確認して、花澤さんが助手席に乗り込む。
「いいわよ」
助手席の花澤さんがそう言ったので、【取るに足らない存在になる魔法】を解く。
「うえ?」
運転席の男が喉を潰されたような声で驚く。
花澤さんは、M字開脚の元レザー少女を見てあたまをかかえている。
「それはあなたの趣味?」
「あ、いや、初めて使う魔法でうまく扱えなくてさ」
「もう車の中なんだからそっちの魔法も解いたら?」
花澤さんに指摘され、僕は【風でものを持ち上げる魔法】を解く。
元レザー少女の体が人形のように力無くシートにしずむ。
花澤さんは、助手席からブランケットを取り出して彼女の体にかけてあげた。
ああ残念、いい景色だったのに。




