第8話【風の魔法使いと真のラッキーすけべ】②★☆☆
メッセージの送信時間は、約一時間前。
ちょうど、サウナに入ったあたりだ。
スマホから一階の花澤さんに視線を移す。
まだ、目に見えない何かに押しつぶされ、床に押さえつけられている。
「……助けて」
一階から三階へ、普段なら絶対に届かないはずの小さな呟きが、風にのってここまで届く。
その声は、限界が近いことを告げていた。
僕は、スマホをしまう。
今から警察を呼んだところで間に合わないし、そもそもこの大火事の中ここまで辿り着けない。
それに、火事が起こる前に届いた花澤さんからのメッセージ。
そこには、僕は助けを求める内容が記されていた。
それはつまり、花澤さんには警察に連絡する時間があったにもかかわらず、その選択をしなかったと言うことだ。
であれば、僕もその気持ちを尊重しようと思う。
「こんなところで助けを求めても、誰も来ないよ」
レザーの少女が、花澤さんに近づく。
僕と同い年くらいの女の子だが、これだけの事件を引き起こした人物だ。
花澤さんの命が危ない。
花澤さんの助けを求める声に応じることができるのは、僕だけだ。
僕は、空を飛ぶ魔導書に視線を送る。
すると、それを待っていたかのように、魔導書が僕の手の中に舞い降りた。
僕はページを捲り、本に手を添わせる。
そして心の中で念じる。
『レザーを身に纏った女性の尿意を上げる』
ヒーローのようにかっこいい魔法は使えない。
これが、僕に使える魔法だった。
効果はすぐに現れる。
花澤さんに近づいていたレザー少女の足が止まる。
三階からではよく見えないが、若干内股になっている気がする。
昨日、森崎先輩に改めて使用したことで、一度かけるだけで十分な効果が得られることは確認済みだ。
だが、ここはあえて重ねがけする。
『レザーを身に纏った女性の尿意を上げる』
効果はまたすぐに現れる。
レザー少女が、下腹部を押さえ体を屈める。
僕はさらに畳み掛ける。
『レザーを身に纏った女性の尿意を上げる』
レザー少女は、両手で下腹部を押さえた。
その際、魔導書を床に落とす。
慌てて拾うが、魔導書が手から離れたことで花澤さんの体にのしかかっていた蜃気楼のような空気のモヤが消えた。
レザー少女は、魔導書を拾うためにしゃがんだ姿勢のまま立ち上がることができず、床に突っ伏す花澤さんを睨む。
「私に何をした!なんだこの魔法は」
花澤さんは魔法から解放されはしたが、相当なダメージを負っているらしくいまだに起き上がれていない。
だが、さっきよりは幾分呼吸の整った声で返す。
「さぁね。もしかしたら助けが来たのかも」
「まさか、まだいるのか魔法使いが」
レザー少女が周囲を見渡す。
僕は、三階の柱の影に鷲宮先輩と共に身を隠す。
「どこにいる!出てこい」
どうやらうまく隠れられたようだ。
一階に行って花澤さんを助けたいが、鷲宮先輩を抱えた状態では無理だ。
一人であればもう少し身軽に動けるが、風で守られているとはいえ、いつ火が襲ってくるかもわからない場所に先輩を放置するわけにはいかない。
なんとか、レザー少女を無力化しなければ。
「くそ、こんな魔法!効かない!」
その声と共に、うずくまっていたレザー少女が立ち上がら音がした。
尿意を操る魔法が効かなかったのか?!思って下階を覗き込んで納得した。
立ち上がったレザー少女の足元に大きな水たまりができている。
尿意を操る魔法は、おしっこを出したてしまえば解放される。
服を着ていようが、人の目の前であろうが、恥を捨てておしっこを出してしまえばそれまでの魔法だ。
この状況で、お漏らしを厭うほど相手の精神状態は正常ではないと言うことだ。
水溜まりの中で仁王立ちするレザー少女の視線がこちらを捉える。
慌てて隠れたが、時すでに遅かった。
「そこか!」
そんな声と同時に、体が透明なにかに包まれる。
まるで透明な太った巨人の手のひらに包まれるような圧力と共に、体が浮き上がる。
これが、レザー少女の風に関する魔法であることは、考えなくてもすぐに分かった。
僕と鷲宮先輩は、見えない大きな手のような風の塊に運ばれて吹き抜け部分を通り一階まで運ばれる。
なんとか逃れようともがくが、力押しでは絶対に無理だとわかる。
僕の体は、レザー少女の目の前まで運ばれた。
床から1メートルほどの高さで拘束される。
鷲宮先輩は気を失っているからか床に降ろされた。
「ふざけた真似してくれたのはあなたね。」
レザー少女は、僕の手の魔導書をみて言う。
「えっと、なんのことかな?
僕は海水浴帰りのただの一般客だよ」
「ふざけないで」
鷲宮先輩を下ろしたおかげで僕に魔法を集中できるようになったのか、拘束の圧力が増す。
海パン姿なのでいけると思ったのだが、僕の渾身の言い訳は通用しなかった。
「分かった、落ち着いて話し合おう」
まずは下ろしてくれないか」
「馬鹿言わないで、なんでこんな状況で敵の拘束を解かなきゃいけないのよ」
拘束される直前に【多少無茶な理屈を言いくるめる魔法】を使っていたのだがまるで効果がない。
おそらく、精神状態が不安定な相手には効きずらいのだろう。
「全く、どいつもこいつも私の邪魔ばかりして。
あなたの目的は一体なんなの?」
レザー少女は、拘束した僕を見上げて凄む。
そう聞かれても、僕には答えがない。
花澤さんはなんらかの目的があってこの場にやってきてレザー少女と対峙をしていたようだが、僕に関してはただの偶然だ。
状況証拠的にレザー少女が火災を引き起こした犯人のようだったので、花澤さんを救うために魔法を使ったが、レザー少女の邪魔をするつもりはなかった。
「火事が起きて逃げようとしてたらここに来たんだ。
ほんとに。
目的があるとすれば、ここからみんなで無事に脱出することかな?
君もそうでしょ?ほら、一人だけ体を張って消火活動なんてしてるんだし」
「馬鹿に……しないで!」
僕の一言は、どうやらレザー少女の堪忍袋を刺激してしまったようだ。
僕に掴み掛かろうとしたのか、はたまた殴り掛かろうとしたのか、レザー少女が一歩こちらに踏み出す。
その時、脳内に魔導書からの情報が流れてきた。
【ラッキーすけべ発動】
その声と同時に、レザー少女の足が宙に舞う。
なぜか濡れていた床に足を取られて滑ったようだ。
レザー少女は、足と頭の位置が入れ替わるような、絵に描いたような見事な滑りっぷりを披露した。
転倒する最中、黒いレザーのスカートとは対照的な、真っ白なパンツが目に入った。




