第8話【風の魔法使いと真のラッキーすけべ】①☆☆☆
他の人がこの光景を見ていたのなら、二人が何をしようとしているのか理解することはできなかっただろう。
大火に焼き尽くされそうなショッピングモールの、イベントホール。
不思議な風に守られて無傷なそのホールの真ん中で向かい合った二人の少女が、手に持った古めかしい重厚な装丁の本を開き、開いたページに手を添わせる。
それは、魔法使い同士の決闘だった。
言葉は発しない。
当然呪文もない。
不思議な光や効果音もない。
漫画やアニメのような派手な演出はない静かな戦いの決着は、一瞬でついた。
突如、花澤さんの体が後方に吹き飛んだ。
安いアクション映画のように腰のワイヤーで後ろから引っ張られるような動きではなく、目に見えない巨大なグーパンチに腹を殴られたような、そんな動きだった。
飛ばされた花澤さんは、目に見えない風の壁で守られた真円の際で止まった。
かなりの距離を飛ばされたが、それでも気は失っておらず、魔導書も離していない。
花澤の手がページの上を滑る。
そして、もう片方の手を、レザー少女へと向けた。
その直後青白い稲光のようなものが、花澤さんの手から放たれる。
空気を切り裂く電撃のようなそれは、しかし、レザー少女に届く前に霧散霧消した。
「威勢のいいこと言ってた割に、全然大したことないじゃん」
レザー少女の声が届く。
床に倒れていた花澤さんの手が力無く床に落ちる。
「お願い。その本を渡して。
それは、本当に危険なものなの。
あなたが一番わかってるでしょ」
首を起こす気力もない花澤さんが、それでも振り絞った声で懇願する。
「危険なもの?確かにそうかもね。
これだけの大火事を起こせるだけのとんでもないパワーを秘めてる。
だけどそれが何?
これは私が望んだこと。
望みを実現できる動画が多少危険であっても、そんなのは受け入れられる」
「違う!これはあなたの本当の望みじゃない。
魔導書の魔力で増幅して歪められた偽りの望みなの」
二人の会話を、三階に隠れて聞く。
どうやら、この火災を引き起こしたのはレザー少女の魔法のようだ。
改めてあたりを見渡す。
火はいよいよ勢いを増しており、おそらくこのままこの施設を丸ごと焼き払うだろう。
炎の燃え盛る音の奥から消防車のサイレンがようやく聞こえてきた。
だが、今更放水したところで文字通り焼け石に水だろう。
ここは、市の施設とショッピングモールの複合施設。
この一帯で一番大きな建物だ。
その建物を、一人の少女が破壊した。
その事実に、背筋が寒くなる。
僕は、頭上を舞う魔導書を見る。
これまで深く考えずに魔法を使っていたが、『少し叡智な魔法の使い方』に書かれた数々の魔法も、使い方によっては簡単に人を狂わせられるような強力なものばかり。
今更ながらに、その能力の大きさに戦慄する。
いや、そもそも俺はなぜ何の疑問もなく魔法を使っていたのだ?
どこから来たのか?なんの目的で僕の手元にやってきたのか?それが偶然か必然か?
そんなことを、かけらも考えることなく、ただ欲望のままに魔法を使っていた。
僕は、そんなに短絡的な人間だっただろうか?
「知ったような口を聞くな!
私がこの本に出会うまで、どんな絶望の中にいたかも知らないで!
この本に出会って、どれだけ救われたかも知らないで」
「それが偽りなんだ!
こんなことを引き起こして救われる魂なんてない」
「うるさい」
僕の思考は、下階の声によって現実に引き戻される。
レザー少女が、また魔導書に手を添わせる。
すると、直後、花澤さんが呻き声を上げた。
床に突っ伏した姿勢は変わらない。
だが、漏れ出る声が明らかに苦しそうだ。
目を凝らすと、花澤さんの上にゆらゆらと球体の蜃気楼のような空気の揺らぎが見える。
もしかしたら、空気の塊のようなもので押さえつける魔法を使われているのかもしれない。
花澤さんは、とうとう魔導書まで手放し、苦しそうに地面に押し付けられる。
どうすればいい
僕は自分に問う。
花澤さんの目的も、レザー少女の目的もわからない。
唯一、この火災を引き起こしたのがレザー少女だと言うことは分かっている。
花澤さんは、それを止めようとしているので、正義は花澤さんにあると見ていいだろう。
じゃあ、僕がすべきことは花澤さんを助けることだろう。
だが、僕に何ができる?
あの二人と同じように魔導書もを持つものではあるが、僕の魔法はエッチなイタズラができる程度のものばかり。
下階で繰り広げられているような、戦闘魔法は何一つ使えない。
と言うか、こんな大事件の首謀者と対峙するなど、僕には荷が重い。
そうだ、事件なのだ。
これは放火事件だ。
であれば、善良なる一市民としてするべきは警察への通報ではないか?
僕は、魔導書を解き放つ時に持ち出したバックからスマホを取り出した。
特に熱にやられている様子もなく、画面が光る。
すぐに110番を押そうとした僕の目に、一件の未読通知が留まる。
普段は使わないショートメッセージサービス
そこに見知らぬ番号からメッセージが入っていた。
『助けが必要』
その一言と共に、今僕たちがいるショッピングモールの地図情報が送られてきていた。
勘の鈍い僕でも分かる。
それは、花澤さんからのSOSだった。




