第6話【鷲宮みずき_ラッキーすけべになる魔法】⑤★☆☆
今日の読み聞かせ会の会場は、市の公共施設とショッピングモールが一体となった複合施設の一角にあるキッズルームだった。
このキッズルームは、休日のたびに解放されており、買い物をする親子の休憩や、体力を持て余した子供のエネルギー発散の場として活用されている。
クッションマットが敷き詰められた教室くらいの空間に、おもちゃが無数に転がっている。
今は朝の十時前だが、すでに子供が十人ほどが遊んでおり、キッズルームの周囲には子供達の親が少し疲れた顔で座っていた。
キッズルームでは、基本的に子供達が自由に遊んであるが、いつも市の職員さんと保育士さんが一名ずつ常駐し、喧嘩などのトラブルに備えている。
今日の担当者は、どちらも顔馴染みだったので、鷲宮先輩と僕は簡単に挨拶を交わし、関係者控え室に向かった。
僕と鷲宮先輩は制服を着ているが、読み聞かせ会に参加する際は体操服を着る。
読み聞かせ会の前後には、子供達と触れ合う時間を作るのだが、その際制服のままだと色々と不都合がある。
特に女子生徒は、ませた男の子達にスカートを捲られてしまうことがある。
そのため、女子も男子も体操服に着替える事になっている。
キッズルームの横には、関係者用の控室があるが、そこは男女兼用となっている。
では、どこで着替えるのかと言うと、控え室の奥に試着室くらいのカーテンで仕切られた空間がある。
僕らは毎回、そこで着替えていた。
「じゃあ、先輩先にどうぞ」
僕はいつものように、レディファーストで鷲宮先輩に着替えの順番を譲る。
「ありがとう」
鷲宮先輩も、当たり前のようにカーテンを閉じ、その奥で着替え始めた。
この施設で鷲宮先輩と読み聞かせ会をするのは、三回目。
これまでの二回も同じように着替えていた。
だから、特別なことなんてない。
そのはずなのに、今日は何故か鷲宮先輩が服を脱ぐ音がやけに耳につく。
まず上の服を脱ぎ、それからスカートを下ろす。
一度制服を全部脱いでから体操服に着替えるのは、鷲宮先輩の癖だ。
スカートが降り切れば、鷲宮先輩は下着姿に靴下を履いただけの格好になる。
お色気漫画的なお約束なら、このタイミングで体操服のズボンを履こうとした鷲宮先輩が、バランスを崩してカーテンの奥から転がり出てくる。はずだ。
いや、鷲宮先輩の下着姿とか全然興味ないし、見れたところでさして嬉しくもないのだが、ラッキーすけべのお約束な展開なので一度経験しておくのもやぶさかではない。
などと考えて待ち構えていたが、鷲宮先輩はバランスを崩す事なく、無事に体操服に着替え終えてカーテンを開けた。
ラッキーすけべは、そう簡単にはやってこないらしい。
僕も体操服に着替えると、早速キッズルームに入って職員さんに改めて挨拶をする。
今日の読み聞かせ会は、十一時からの三十分
使う本や全体の段取りについて軽く打ち合わせを済ませば、準備は完了だ。
読み聞かせ会まではまだ三十分ほどある。
それまでは、ここにいる子供達との触れ合いタイムだ。
僕らが部屋に入った時からソワソワしていた子供達は、打ち合わせが終わりふれあいモードに移行したことを察すると、我先など足元に群がってきた。
「抱っこして!」「かたぐるまー」「おうまさん!おうまさん」
中高生くらいのお兄さん、お姉さんという存在は、それだけで幼児達のテンションを上げるらしい。
僕と鷲宮先輩は、たちまち押し寄せる幼児達の対応で手一杯となる。
こう言う子供達に囲まれているシチュエーションも、ラッキーすけべな格好の機会だ。
足を取られて躓いた先に僕がいて、支えようとした拍子に胸を触ってしまう。(鷲宮先輩におっぱいはないのだが)
あとは、子供が転んだ拍子にズボンを引っ張って脱がせてしまう、なんて言うことも考えられる。
ズボンが脱げでその拍子に倒れると言うコンボもありだろう。
僕は、子供達と遊びながらも、いつラッキーが舞い降りてもいいように鷲宮先輩のことを注視していた。
だが、結局、そのようなハプニングが起こることはなく、読み聞かせ会は無事に終了した。
……いや、そもそも鷲宮先輩とのエッチなハプニングなんてこれっぽっちも期待してなかったからいいんですけど?
「なんだ、不完全燃焼みたいな顔をして」
控え室で絵本を片付けながら、鷲宮先輩が不思議そうな顔で聞いてきた。
「そんな顔してますか?子供達に喜んでもらって、充実した日曜だなと言う晴れ晴れとした気分ですよ」
「そうか?それになんだか今日はやたらと山田の視線を感じたような」
「そ、それこそ思い過ごしですよ!
なんで僕が鷲宮先輩をチラ見しなきゃいけないんですか」
それじゃあまるで僕が、鷲宮先輩のラッキーすけべを期待していたみたいじゃないか。
それに、魔法のことを知らない鷲宮先輩にとっては、さらに変な誤解が生じかねない。
「山田……まさか千紗じゃなくて私のことを?」
「いやいやいやいや、鷲宮先輩とは確かに親しくさせてもらってますが、そう言う対象に見れないというか、そう親戚のお姉さんみたいな感じと言いますか」
「そこまで強く否定されると、流石に少し傷つくぞ」
「……すみません」
鷲宮先輩との間に気まずい空気が流れる。
しばしの沈黙の後、鷲宮先輩が口を開く。
「そう言う対象に見れない理由は、性格か?それとも体型か?」
「え、そこ掘ります?」
「だって気になるだろ。
こんなに仲良くしてた後輩に、そんな目で見れないってはっきり言われたんだぞ?
別に山田にそう言う目で見てほしいとは思わないが、私だって来年には大学生だ。
もう少し女性としての魅力を備えたいな、と思わなくもないわけで」
絵本を仕舞い終えて、着替えるために制服を手に持った鷲宮先輩が上目遣いで見てくる。
先輩は、体の膨らみこそ控えめだが森崎先輩のような幼さを感じる見た目ではない。
体の発育で言うとダブルスコア以上の差があるが、二人が並んでどちらが年上かと問われれば九割方が鷲宮先輩を選ぶだろう。
だから、魅力を感じない理由を幼児体型に求めることはできない。
いや、そもそも俺は鷲宮先輩に魅力を感じていないのか?
ここにきて、僕は自問自答する。
『少し叡智な魔法の使い方』を鷲宮先輩に使わない理由を、そう言う目で見れないから、と自己完結していたがそれは本当か?
鷲宮先輩は、高校でできた唯一と言っていい異性の友人だ。(先輩ではあるが友人だと思っている)
そんな人を魅了的に感じないと言うのは、些か無理がないか?僕は僕自身の気持ちを偽っていたのではないか?
本当は、鷲宮先輩のことを魅力的に思っておるし、すぐにでも『少し叡智な魔法の使い方』を使ってエッチな事をしたいけど、これまでの関係値を崩したくなくて二の足を踏んでいるだけだはないのか?
今日は朝からやけに世界が輝いて見える。
実は、駅で会った時から鷲宮先輩のことがいつもより可愛く感じている。
その事を必死に押し殺そうと、僕はずっと自分の感情を偽っていたのかもしれない。
僕は、本当は鷲宮先輩のことをどう思っておるのだろうか?
鷲宮先輩の質問に答えられず、頭の中でそんなことをぐるぐると考えていると、突然控え室の扉が開いた。
「お二人ともお疲れさま!アイスコーヒー入れたから一息ついて、って、うわぁ」
扉の奥から入ってきた市の職員さんは、グラスが二つ乗ったお盆を持っていた。
その状態で、お手本のように躓き前につんのめった。
職員さんの前には、制服を持った鷲宮先輩。
お盆から飛び出したコーヒー満載のグラスは、一つが鷲宮先輩、もう一つが鷲宮先輩が持つ制服にぶつかった。




