第6話【鷲宮みずき_ラッキーすけべになる魔法】①★☆☆
【ラッキーすけべになる魔法】
術者に、すけべなラッキーが降りかかる魔法。
〔関東地方は、例年より三日早い梅雨明けとなり、今日は各地で今年初の夏日が予想されます。
お出かけの際は、熱中症対策を忘れずに〕
お天気お姉さんの声を、朝食のトーストを食べながら流し聞く。
確かに今日は、ここ数日続いたジメジメした日々を忘れさせてくれるようなカラッとした空気が、早朝から部屋を満たしていた気がする。
窓から入る朝日は、梅雨入り前の春の陽気から、暴力的な夏の日差しへと変貌しつつあるが、久しぶりにしっかりと顔を出した太陽というだけで今は愛おしい。
窓の隙間から心地いい風が吹く。
窓を開けての朝食など、いつぶりだろう。
トーストを飲み込み、ホットコーヒーを一口呑む。
いつものインスタントコーヒーも、今日はいつもより香りが立っている気がする。
〔昨夜発生した○×商店街の火災は、一夜経った今日も鎮火に至っておらず、賢明の消化活動が続いています。
焼肉店で発生したこの火災は、突風の影響で商店街全域に拡大し、現時点で20棟以上を巻き込む大火災となっており、複数の怪我人を出す未曾有の……〕
天気予報から時事ニュースに切り替わる。
近頃は、こんな悲惨な事故や災害のニュースが多い。
それ自体は大変嘆かわしいが、そこで働くレスキュー隊、消防士、その他関係者の尽力には敬意を払わなければならない。
彼らのように、他者のために死力を尽くす人々がいるから、こんな国もなんとか持っているのだ。
彼らの働きに乾杯。
コーヒーを一口呑む。
〔それでは続いて、今日のワンワンのコーナーです〕
動物の映像は、なぜこんなにも心を穏やかにするのか。
ボールで遊ぶ姿、ご飯を食べる姿、ころんと横になる姿。
そのどれもが愛おしい。
コーヒーを一口呑む。
窓の外から鳥の囀りが聞こえる。
愛おしい。
コーヒーを一口飲む。
壁掛けのアナログ時計が、今日も変わらず1秒を刻む。
愛おしい。
コーヒーを一口呑む。
愛おしい。
コーヒーを一口…
コーヒーを…
ほんとにそうか?
いや違う!
……なんだ、これは。
こんなの僕ではない。
手に持ったコーヒーが空になって、僕はようやく正気を取り戻した。
落ち着いて周囲を見渡す。
まだ、窓辺から指す陽の光やそよ風、鳥の囀りといった世界の一つ一つがいつもより輝いて見えるが、先ほどまでのこの世のもの全てを賛美するかのような気持ちはだいぶ落ち着いた。
そもそも、僕が朝からコーヒー片手に世界の美しさを噛み締めるというのはあり得ない事だ。
朝ごはんだって、ちゃんと取るのは数ヶ月ぶりのはず。
なんでこんな奇妙な事になっているのか。
その心当たりは、大いにあった。
これは間違いなく、今朝一番に使ったあの魔法の影響に違いない。
【ラッキーすけべになる魔法】
効果はその名の通り、ラッキーすけべになるというもの。
ラッキーすけべ
世の男子の憧れであり、おおよそ全ての少年ラブコメ漫画の主人公が備える最強の能力。
そのラッキーすけべになれる魔法を、ぼくは今朝使った。
その結果がこれだ。
まだすけべな事は何一つ起きていない。
起きた事は、僕のこころが胡散臭い聖職者のように変貌し、世の中の万物を愛するが如くなっただけだ。
同時に、胸いっぱいに多幸感が溢れて、今ならなんでもできる気がしている。
柄にもなく朝食を作り、優雅にコーヒーを啜っていたのもそのせいだ。
飲んだ事はないが、お酒を飲んで酔っ払うとこんな感じだろうか?
それとも、麻薬か?
なんにしても、脳内のありとあらゆる分泌物の量がおかしくなっている気がする。
これがラッキーすけべにどう関係するのか分からない。
もしかして魔法に失敗したのだろうか?
これまで、効果がすぐに感じられない事はあったが、魔法に失敗した事はない。
魔導書違いの【爪に火を灯す魔法】だって簡単に成功できた。
使いたい魔法に手を合わせて念じれば、どんな魔法だって簡単に使えた。
だから、失敗する可能性については考えたこともなかった。
今日は日曜日。
普段なら部屋に篭ってインドアな趣味に没頭するのだが、今日は元図書委員長の鷲宮みずき先輩のご指名で隣町まで絵本の読み聞かせのボランティアに行く事になっている。
せっかく休みの日に外出するので、何か魔法を試してみようと思い選んだのがこの【ラッキーすけべになる魔法】だ。
これまで使ってきたようなこちらからアクションを起こしてエッチな状況に持っていく魔法と異なり、ラッキーを期待する受け身な魔法だ。
どこで使おうか迷っていたのだが、ボランティア中という魔導書をこまめに使えない状況かつ、隣町の複合施設という不特定多数の人が集まる場所に行く今日というは、この魔法を使うのにうってつけだと考えた。
だから張り切って朝一番に魔法を使ってみたのだが、これは期待して損したかもしれない。
僕は朝食を切り上げて制服に着替える。
読み聞かせのボランティアに参加する際に制服を身につけるのは、図書委員会のルールだ。
時計を見る。
午前8時10分
鷲宮先輩との約束の時間には少し早いが、部屋にいても世界の美しさに感激して疲れるだけだし早めに行動するか。
そう思い、僕は家を出た。
僕の家は8階建のマンションの3階。
朝のこの時間はエレベーターが混むので、もっぱら階段を使う。
日曜日であればそこまで混んではいないだろうが、僕は習慣に従い階段を降りる。
その時だった。
「遅刻するーーーー!」
漫画やアニメでしか聞かないようなセリフを叫びながら、上の階から女性が駆け降りてきた。
声に気がついて後ろを振り返る。
その瞬間、僕はこれまでの人生で一番な衝撃を受けた。
なんと、下着姿の女性が今まさに階段の段差に躓き、僕の上に覆い被さるように倒れてきたのだ。




