第4話【花澤みつき_爪に火を灯す魔法】③☆☆☆
『科学的魔法学入門』
僕は手渡されたその本を眺める。
動物の皮の装丁にエンボス加工が施されており、蔦のような植物が絡みつくような見た目をしている。
現代の出版物ではまず見かけないお金のかかった作りの本だ。
僕は重たい体を動かして本を開く。
本の中身も見たことのない文字でびっしりと埋まっている。
当然読むことはできないが、本のタイトルと同様、その文字を目に入れただけで書かれている内容が情報となって頭に流れ込んでくる。
『少し叡智な魔法の使い方』は、魔法の名前とその効果について列挙されている辞書のような作りをしているが、この『科学的魔法学入門』は少し違うようだ。
まず、魔法とは何かという概論から始まり、魔法が発動する原理や、魔法で出来ることできないことなど、魔法を使う上で基本となる事柄が教科書のように理路整然と記されていた。
どれもすごく貴重な情報なのだろうが、頭痛のする頭ではそのほとんどを理解できない。
唯一読み取れたのは、この本の言う魔法には二つの系統が存在するということだ。
一つがこの本のタイトルにもなっている【科学的魔法】そしてもう一つが【神秘的魔法】。
簡単に説明すると、どちらの魔法もマナと呼ばれる魔法を発動するためのエネルギーを消費して発動するものであり、その中でも
火をつける、静電気を起こす、水の流れを変える、風を起こすなど、「自然科学」「物理科学」などの科学知識で説明可能な事象を引き起こすものを【科学的魔法】
逆に、超常的な回復、瞬間移動、心身操作、と言った科学知識で説明のできない魔法を【神秘的魔法】
と呼ぶそうだ。
この本はタイトルの通り前者について記載されており、本の大半は魔法についてというよりは科学知識についての説明に割かれている。
例えば、火炎魔法の説明のために酸化還元反応についての解説がされている。と言った具合だ。
全てのページに目を通すことは到底できないので、パラパラとページを捲り魔法が書かれたページを探す。
本の三分のニが過ぎたあたりで、ようやく「実践編」という章に入った。
「あなた、まさかここまでの内容を全部読めたりするわけ?」
僕がページを捲るのを黙って眺めていた花澤さんが、ここで口を挟んできた。
その口ぶりからすると、彼女はまだ読めないページがあるようだ。
僕が読める『少し叡智な魔法の使い方』も彼女ら読めないようだし、どこまで読むことができるかは個人差があるようだ。
『少し叡智な魔法の使い方』には初級魔法をマスターすることで高等な魔法が使えるようになるとメモ書きがあったが、どこまでの内容を読むことができるか、がそのまま魔法力の証明になるのかも知れない。
「まさか、半分も読めないよ」
本当は全て読むことができたが、考えるより先にそう答えていた。
自分がどの程度の魔法力を有しているのか、あまり開けっぴろげにするものでもないと思ったからだ。
「半分も読めるのね」
ただ、それでも花澤さんは驚いた表情を見せた。
「花澤さんはどこまで読めるの?」
僕が問うと、花澤さんはハッとした表情を見せてから首を振った。
振り終わった後の顔は、また不機嫌そうな顔に戻っていた。
「私のことはどうでもいいの。
どうなの、その本を使って魔法が使えるの?使えないの?」
花澤さんの言葉を受けて、もう一度『科学的魔法学入門』に目を落とす。
実践編の書き方は、『少し叡智な魔法の使い方』によく似ている。
多分これなら、
「使えると思うよ。どれを使えばいい?」
そう答えると、花澤さんは興味深そうに鼻を鳴らす。
「ふぅん、大した自信ね。
それじゃああなたが読める魔法の中で一番難しいものを使って見せて。
ただし、その魔法で私に何か危害を加えるようなことをしたら、その時は私の持つ情報の一切がネットの海に放出されるからそのつもりで」
僕が予想以上に多くのページを読めたせいか、今更そんな脅し文句を言ってくる。
こちらとしては鼻から抵抗する気なんてない。
僕は実践編のページをパラパラと捲りどの魔法を使うか吟味をする。
花澤さんは読める中で最も難しいもの、という注文を出したが、残念なことに僕は全てのページを読むことができそうなのでほどほどなものを選ぶ必要がある。
ちょうど実践編の中盤から応用魔法のページが始まっている。
この辺りの魔法がいいだろう。
しかし、この本は退屈だ。
この本に書かれている魔法はどれもこれも現在の科学文明でだいたい可能なものばかりだ。
【科学的魔法】と呼ばれるだけのことはある。
もちろん、道具を使わずに生身の人間がそれをできればすごいなと思うものもあるが、わざわざ魔法を使う必要性を感じ得ないし、ワクワクを感じない。
その点、『少し叡智な魔法の使い方』はすごい。
あれに書かれた魔法はどれも魅力的だった。
魔法の効果を読むだけで、一体どれほどのエッチなことを楽しめるかという妄想に駆られて大変だった。
「早くしなさいよ」
のんびりしていたら花澤さんに急かされた。
「じゃあこれを使ってみるよ」
僕は開いていたページの魔法を指差す。
花澤さんがそのページを覗き込むために、前屈みになる。
整った顔が急に近づいてきて面食らい、体を後ろに逃す。
花澤さんは、そんな僕の態度など意に介さず、僕が指差す魔法を目を細めて見る。
その様子でわかる。彼女にはこのページは読めていない。
しばらく本と睨めっこをしていたが、諦めたのか体を起こしてこちらを見る。
「私には読めなかったわ。
これはどういう魔法なの?」
花澤さんは、隠すことなくそう言った。
余計な駆け引きや嘘を挟まずに、話を簡潔に進めるのが彼女の美徳なのかもしれない。
その潔さには好感が持てた。
「見ればわかりますよ」
僕はそう言って本に左手を添わせる。
『少し叡智な魔法の使い方』と同じく、使いたい魔法に手を置いて念じる。
僕は右手の人差し指を立てて、花澤さんの目の前に差し出す。
次の瞬間、僕の右手の人差し指の先端に小さな火が灯った。
「きゃあ」
急に目の前に現れた火に驚いた花澤さんが後ずさる。
僕はそんな彼女の様子を見ながら、手に灯った火を息で吹き消す。
僕が使った魔法は、『科学的魔法学入門』の実践編に記載のある応用魔法の一つ。
その名を【爪に火を灯す魔法】
使う前から思っていたが、ライターで代替可能なチンケな魔法だった。




