第4話【花澤みつき_爪に火を灯す魔法】①☆☆☆
頭が痛い。
割れるように痛い。
目の奥が痛い。
刺すように痛い。
鼻の奥が痛い。
熱いように痛い。
とにかく頭部全体が気が狂うほど痛い。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!
「なんでこんなに痛いんだ!」
襲い来る痛みに半ばキレながら、僕は目を覚ました。
少し古ぼけたタイル地の天井と、その天井を四角く切り取る鉄パイプ、その鉄パイプにぶら下がるビニル製のカーテンが目に飛び込んできた。
蛍光灯の光が目を刺激し、頭痛が増幅されるような気がして目を顰めた。
僕はどこにいる?
なんでここにいる?
何があった?
頭の痛みは思考を鈍らせる。
それでも、しばらくすると直前の記憶が蘇ってくる。
森崎先輩の太ももの感触とまじかで見たスカートの中のオムツ。
オムツの中に手を入れ、彼女の禁断の聖域を侵したこと。
その報いとして、大量の鼻血と共に気を失ったこと……
あの時の僕は、周囲の人間からは取るに足らない存在になっていた。
僕が倒れても誰も気づくことはない。
そのはずだった。
だから僕は倒れる時に、このまま死んでしまうことさえ覚悟した。
その時の恐怖を思い出して心臓の鼓動が早くなる。
だが、現実は僕の想像とは違った形に推移したようだった。
僕は改めて自分の置かれた状況を確認する。
視覚から得られる情報はさっきの通り。
僕はそこに仰向けに寝ていて、体には布団がかけられている。
部屋全体に消毒液の独特な香りが満ちている。
一見して病室のようなその空間に、見覚えがあった。
「保健室?」
そこは高校の保健室だった。
学校で倒れた生徒の行き着く先としては至極当然の場所ではあるが、あの状況で一体誰が僕をここに連れてきたのだろうか?
疑問に思っていると、なんの前触れもなくカーテンが開いた。
カーテンの先には、小柄な女子生徒が一人立っていた。
こんな状況なのに一瞬見惚れてしまうほど、顔立ちの整った女子生徒だった。
「起きたわね」
その女子生徒は、手を腰に置き偉そうな態度で呟く。
そして、当たり前の権利であるというように、ズカズカとカーテンの中に入ってくると開けたばかりのカーテンを閉じた。
「なによ?私の顔に何かついてるわけ?」
突然のことに驚き、不躾にジロジロと顔を見てしまっていた。
女子生徒に睨まれて、僕は視線を移す。
「あ、あっと、あなたは?」
ただ際そう尋ねたが、その言葉を出し切る前に脳裏に一つの記憶が蘇る。
あれは確か今年の4月の委員総会。
図書委員の顔合わせでの記憶。
人形のように整った顔の生徒がいて驚いた記憶がある。
「たしか、一年の図書委員の……?」
「花澤みつきよ」
女子生徒もとい花澤さんはそう名乗った。
ここにいるということは、倒れた僕をここまで運んでくれた関係者なのだろう。
一年生が二年生の僕に対して横柄な態度をとっていることは気になるが、ここは一旦お礼を言うのが筋だろう。
「花澤さん、が僕をここまで運んでくれたのかな?
ありがとう。勉強してたら急に気分が悪くなって……」
「ああ、そういうまどろっこしいのいいから」
花澤さんは僕の言葉を途中で遮る。
「あなたが勉強なんてしてなかったことは分かってるのよ」
そう言ってポケットからスマホを取り出す。
4Kの動画が撮れるとか言う、カメラの性能が売りのスマホだ。
花澤さんはそのスマホの画面をこちらに向ける。
「なっ!」
画面を見た僕は言葉を失った。
なぜなら、そこに写っていたのは図書室の机の下に潜りこみ、森崎先輩の足に触れる僕の姿だったからだ。
花澤さんが、僕の反応を見てスマホをスクロールする。
今度は動画が表示される。
動画は写真の直後から始まっており、僕が森崎先輩のスカートの中に手を入れているところや、急に立ち上がって倒れるところまでが納められていた。
遠くから撮影していたようだが、さすがカメラ性能を売りにしているだけのことはある、僕の顔までバッチリと写っていた。
と、そんな事を感心している場合ではない。
誰にも知られずに行ったはずのことが、一部始終が収められたのだ。
僕は顔の血の気が引いていくのを感じた。
もしや【取るに足らない存在となる魔法】は失敗していたのか?
僕のあの行動は全てバレていたのか?
僕は花澤さんの顔を見る。
芸能人のようなその顔は、少し不機嫌そうなポーカーフェイスで、僕のようなコミュニケーション弱者にとっては感情を読み取ることが非常に難しい。
「どうしてこれを」
僕はその問いを投げかけるのが精一杯だった。
花澤さんはそんな僕の様子を見てニヤリと笑う。
「安心して、私以外の生徒にあなたは見えていなかったわ。
あなたがこんな変態行為に及んだことも、あの場で倒れた事も、見ていたのは私だけ」
僕の問いの答えにはなっていないが、それを聞いてひとまず安心する。
だが、疑問は晴れない。
花澤さんに僕が見えていた事もそうだが、僕が誰にも見られていない前提で行動していたことを理解しているのも不可解だ。
僕のことを花澤さん以外の誰もが認識していなかったことを、大した不思議に思っていない。
僕が花澤さんの立場だったらこんなに冷静でいられなかっただろう。
「なんで君には僕が見えていたの?」
僕はあえて自分が他の人には認識されていない前提で問うた。
この問いへの返答で花澤さんが何を知っているのかを測ろうとしたのだ。
だが彼女の返答は僕の算段をいくつも飛び越えた。
「さっきから言ってるけど、私まどろっこしいのは嫌いなのよね」
そう言って花澤さんは鞄から何かを取り出す。
その手に握られているものを見て僕は言葉を失った。
『少し叡智な魔法の使い方』
彼女は僕の魔導書を手にしていたのだ。
そしての本を見せつけるように掲げてこう言った。
「あなた魔法使いでしょ?」




