百合の花
「____ネヴィン・フェリオス、私の親友の名前だよ。____
リリィの記憶領域の奥底に沈んでいたエリアンの言葉が浮上してきた。
______________
「お、オイ…どうしたんだよ…?」
リリィの目がぐるりと裏返り、体はガタガタと震え出し、そのまま地面にぺたんと座り込んでしまった。明らかに壊れたような挙動だった。
「こんな時に寿命迎えたんか?」
ずかずかとハンクが歩いて行くと、リリィは糸を引かれた操り人形のごとく立ち上がった。
「うお!急に立ち上がんなや!心臓止まるわ!」
飛び退くハンクのその言葉を無視してリリィはきょろきょろと辺りを見回す。マルクとグレゴがその異様な雰囲気にただならぬものを感じたのか私たちの前に立ち、リリィの次の行動を待っている。
「あー…あー…おほん。こんにちは、何十年後、もしくは何百年後の誰か。私はエリアン・ブレンドスティー」
それは男の声だった。リリィのものとはまるっきり違う低い声。マルクは腰の剣に手をかけていつでも抜けるようにしていたが、エリアンという名を聞いて少し緊張を緩める。
「この録音が再生されているということは…リリィが何か感じ取とったのだろう。フェリオスかヴァルセリスの名を持つ者でも現れたか……、それとも、誤作動を起こしているのかな?リリィはうっかり屋さんだからね」
私の家名が呼ばれた。エリアンがその名前を知っているのは妙な話だ。同姓の誰かかもしれないが、フェリオスなんて家名はそうそういるものでも無いだろう。なんにせよ背中を嫌な汗が伝う。
「ああ、怯えなくていい。私は君たちの味方だ。…まぁ、リリィの体を借りている死人に言われてもそこまで信用は出来ないだろうけどね」
リリィ…いやエリアンは一点に私を見つめる。さっき名前を名乗ったからだろうか。
「さて、私は学者なので面倒な前置きは嫌いだ。故に単刀直入に言おう。
君にお願いがある。どうか、私たちの意思を繋いでくれないだろうか。」
「……それって、魔王を…」
自分の顔が引き攣っているのがわかる。それは無理難題だ。リリィを作れるような人間とその仲間たちが犠牲を払ってまで討伐できず、五大貴族ですら完全な討伐ができていないそんな化け物をどうやって倒せと言うんだ。
「ふざけるな!なんで私がそんなことをしなくちゃいけないんだ!第一魔王が討伐されてないなんて話、簡単に信じられない!」
そんなことお構いなしにエリアンは言葉を続ける。
「きっとなんで自分が、と憤っていることだろう。その気持ちはお察しする。誰か他の人間がやればいいというのも理解できる。だが、これを託せるのは君だけだ。リリィが君から何かを感じ取った、それが根拠だ。」
リリィの胸が開き、そこから何かカチカチとテンポよく音を立てるものが現れた。
「君は私の書斎で見たはずだ。魔王について、魔法について、鍵について、そして、この世界に関することを。その全てを知り、君がどう思い何を成そうとするか、それを見ることができないということが私にとって唯一の後悔とも言えよう。そんな君に私からささやかなプレゼントだ。これは第六の鍵、『次元の裂傷』。君たちの助けとなってくれる懐中時計だ。」
エリアンは時計をこちらに差し出すように向けた。
「おい、ラニ…」
正直この書斎に来てから展開に頭が追いついていない。しかしこの懐中時計からは嫌なものは感じなかった。
私は一歩一歩近づき、手の中に時計を収めた。
「これでいいんだろ、エリアン。」
私はエリアンの目を見た。
「ありがとう。それから、私の書斎に置いておいたいくつかの付与魔法陣、あれらは全て最上級魔法の類だ。鍵の在処の書類と共に持っていくといい。炎、風、土、雷系統それぞれ一度きりの最上級付与魔法を込めておいた。これらもきっと助けになるはずだ。
話は以上だ。
それでは、
エリアン・ブレンドスティー、
カリーナ・インフェルンガルド、
へリアーナ・ローゼ・ヴァルセリス、ネヴィン・フェリオス、
私達4名の名の元に、今ここで君に、いや君たちにこの襷を繋ぎ、送り出すこととしよう。君たちに祝福があらんことを。
君たちが 今度こそ 魔王を討ち果たしてくれると私たちは信じている。」
エリアンが喋り終えると、リリィの胸は閉じ、みるみると元のリリィの姿へ戻っていった。
それを見ていた私はまだ頭が追いついていない。
「なんだよそれ。まるでそのネヴィンとやらが私の先祖みたいな口ぶりじゃねぇか。エリアン、私がここに来ると本気で信じていたのか?何年後、何十年後、何百年後に来るかも分からない未来のために、お前はここで何十年も研究をしていたのか?私がここに立ってるのは偶然が重なったからなんだぞ?
もしどこかでフェリオスが途絶えていたら?もし私がグレゴと出会って旅をしていなかったら?もし私がマルクの屋敷でマルクの父親に処刑されていたら?もし私がグレーターゴラモスに焼かれたまま帰ってこなかったら……?お前はどうするつもりだったんだ。
お前は私がここに必ず来ると、本当に、本気で信じきっていたのか……」
エリアンはもう答えなかった。
「……ほえ?私眠ってました?」
リリィが目を覚ました。そして私の手のひらにある懐中時計を見て目を丸くする。
「あれ?それ…」
だがすぐに合点がいったように手を叩いた。
「そういえば、ラニはフェリオスなんでしたね。それで…」
「なぁ、フェリオスっていうのはエリアンの友人なんだよな?私がそいつと関係のある人間だって本当に思ってるのか?」
リリィは改まって言った。
「……全部思い出しました。エリアン様がもう生物としての機能を失っていることも、約束も…。エリアン様はあの時、私に託されたのです……!いつか私が運命だと感じた人に出会った時、エリアン様の言葉を思い出すようにと。この屋敷が、歴史の追憶の墓場とならないよう……!エリアン様は遺されたのです……、いつかあなた達が来て下さると信じていたのですっ……!」
リリィの言葉には熱がこもりはじめ、エリアンの机の後ろにある窓からリリィの顔に西日がさしはじめた。
「フェリオス、私はその名前を聞いた時に運命だと思いました…!エリアン様がそう定められたのか、私の意思なのかは分かりませんが……でも、それでも!運命を感じざるを得なかったのです!」
リリィの目頭の温度は上がり、機械めいた頬を水滴が伝う。
私は頭を片手でかきむしる。もう今更これを突き返すこともできない。
それに、今のリリィの姿を見てこの800年が嘘だとはもう思えなかった。
私はなんでこんなものを手に取ってしまったのだろうか。
リリィは頬についた水滴を拭わずに息を整えて言った。
「ラニ・フェリオス様。そして、皆様方。どうか、我が主の最期に願ったものを…、最期に救いたかったものを……!最期に創りたかった世界を……!!繋いでください!!救ってください!!叶えてください!!!」
リリィの頬を伝っていた水滴が地面に落ちた。
エリアン、いや、エリアン・ブレンドスティー、自分の使用人を残して死んで、挙句に泣かせるとは罪な男だ。私がお前とリリィの800年を受け取ってやろうじゃないか。
「わかった。でも期待すんじゃねえぞ。私らが鍵を全部見つけられるかもわかんねえんだから」
リリィはその言葉に安心したように微笑む。
「期待して待ってますね」
「聞いてたか?あのなぁ…」
言い返そうとしたが、彼女に対して違和感を覚えた。
「リリィ?」
もう彼女は動くことはなかった。微笑んだまま、機能を停止していた。本当に最後の力を振り絞っての再生だったのだろう。沈黙だけがその場に残った。
私はエリアンから受け取った、カチカチと音を立てて時を刻む懐中時計をただ握りしめ、その重みを感じた。
________________________________
_________________________
_________________
私たちは二人を屋敷の庭に埋葬し、墓標を立てた。簡素なものだが、無いよりはマシだろう。今はクロエとイサベルが墓に花を植えている。それを遠くに見ながらグレゴ達と会話していた。
「ラニ、俺らで魔王を倒せると思うか?」
「わかんねえよ。まだ鍵も全部集まるかも未知数なのに」
ハンクは拳を握る。
「オイラはあの話聞いてからやとリリィの嬢ちゃんとか、エリアンのために魔王をぶっ倒したいと思ったわ」
「僕もです。先人たちの無念を晴らせるのは今を生きる僕らだけですから…」
クロエたちが花を植え終わってこちらに来た。
「ラニ様。私、魔王を倒して、もう一度ここに来たいです。そしてリリィたん様とエリアン様、そのお仲間の皆様に『貴方様方の繋いできたものは無駄じゃありませんでしたよ』と報告をしたいです!」
「あたしも!リリィたんたちのためにもここに留まってられないよ!早く行こう!」
クロエに関してはまだ自分の目標も達成できていないというのに本当にお人好しな奴らだ。腰を上げて、馬車に乗り込む。
「わかった。それじゃあ行こうか」
2人の墓標の前に植えられ、風に煽られる百合の花束を後ろに私たちは屋敷を後にした。とんでもない遺志を受け継いでしまったがこれも運命とやらの導きならせいぜい足掻いてやる。




