リリィの主人
食事を終えて待っていると、外からリリィの「どわーっ!」という叫び声と何か大きな物が割れた音が聞こえた。何事かと思い外に出てみると、彼女は派手に転んだのかうつ伏せに倒れていた。隣には高そうな花瓶が割れている。
「…大丈夫?」
「大丈夫に見えます?」
そう言いながらリリィは倒れたままこちらをチラリと見た。
「…見えない」
リリィはすくっと立ち上がり
「残念!答えは大丈夫でした!花瓶さんはお亡くなりですけどね!」
「こんなに派手に割ったら主人に怒られませんか?」
マルクの指摘にこの世の終わりみたいな顔をしてリリィは頭を抱えた。勝手に泊めるのは大丈夫だけど、流石に物品の破壊はダメなのか。
「ま、まぁ、エリアン様は優しいですから?土下座して謝ったら許してくださいますから多分…」
「私も一緒に謝ってあげますから、そう気を落とさないでください、リリィたん様!」
なんというか、初めて会った時からぼんやり思っていたが、こうイサベルに慰められてる姿を見てるとクロエみたいだな。アホっぽいところが特に。
食堂へ入っていく際、私は彼女にある違和感を覚えた。今立ち上がった時に彼女は地面に手をついた。それは普通だ。しかし、その手をついた床にもいくつか花瓶の破片は落ちていた。それなのに見たところその掌は無傷だ。薄ぼんやりとしていたのではっきりとは見えなかったが、手のひらに切り傷は一切無いどころか、鋭利なものが押し付けられたような跡も無い。皮膚もこれほど頑丈なのを考えると、不自然なのだ。
「なぁ、グレゴ。なんでリリィは顔があんなにボロボロなのに、今破片を踏んだ手は無傷なんだ?」
「ん?無傷だったのか?そいつはおかしな話だ。あんだけ花瓶の破片が散乱してたってのに」
私はすぐさま彼女に話しかけた。
「なぁ、リリィ…たん。少しいいか?」
そう言って振り向いた彼女の手を取る。やはり傷はない。
「キャッ、いきなり手を取るだなんて、だいたーん。そんなにリリィたんのことが好きになっちゃったんですかぁ〜?」
うん、やっぱり鬱陶しい。そんなことよりも今は彼女に聞かなければ。
「あのさ、単刀直入に聞く。おそらくアンタには小さい怪我程度なら自動的に修復されるような呪文か何かが備えられてると思う。そして、その限界を超えた怪我は誰かに治療してもらわないと治らない。ここまでは正しいか?」
リリィはニコニコとしたまま頷く。どうやら正しいようだ。
「じゃあさ、治してもらえばいいんじゃないの?すごい人なんでしょ?」
クロエの言い分は最もだが、それはエリアンがこの屋敷にいればの話だ。
「もしかして、ラニ。君が言いたいのはエリアンさんはこの屋敷にいないんじゃないかってことなのかい?」
マルクは飲み込みが早くて助かる。その通りだと相槌を打って、さらに続ける。
「いないのにいるように振る舞っているのは私たちが大切な主人が残した屋敷を台無しにしてほしくないから、ってことなんじゃないかと私は睨んでる」
「いえ、エリアン様は書斎にいらっしゃいますけど」
「え?嘘、マジで?」
推理が一瞬にして崩れ去った。私バカみたいじゃん。あんなに得意げに語っておいて間違っていた。めちゃくちゃ恥ずかしい。穴があったら入りたい。それで入ったら埋めてくれ。
「いや、ほなら逆に疑問出来たわ。なんでエリアンは嬢ちゃんの顔の傷治してやらんのや?いくら自律人形に家事やらすっていう他では実用化出来てない発明してても、傷だらけのまま働かしてたら修理ができへん欠陥発明扱いされるやろ」
さっきまでの笑顔が崩れて少し悲しげな表情になる。
「罰…だと思うんです」
「罰?それって何かヘマをしたからエリアンに傷つけられたってこと?」
だとしたら相当酷い奴だ。ヘマをするのは彼女を作った本人の技量もあるというのに。
「違います!違います!エリアン様はそんな非情なお方ではありません!」
リリィは体の前で両手を振って否定する。
「じゃあ、どうして罰だって思うのか、教えてくれるか?話せる範囲でいい。俺たちは本人の人間性を知らないから理解したいんだ」
グレゴが優しく諭すように語りかける。リリィは少し迷った様子だったが、ぽつりぽつりと話し始めた。
「私は、生まれた時からエリアン様専属の使用人でした。ですが、家事は経験が無かったので失敗の連続で、その度にエリアン様と一緒に失敗の原因を探したり、繰り返さないためにはどうすればいいかを考えたりと根気強く付き合っていただきました」
話を聞いている限りはヘマをしたから罰として顔の傷を放置する人間とは思えないが、とりあえず続きを聞こう。
「エリアン様は家事の上達する私を見て『まるで娘の成長を見ているようだ』と感慨深そうに何度もおっしゃっていたのを覚えています。より一層その喜ぶ声を聞きたくて、顔を見たくて頑張っていました。ですが、ある時古いご友人方が訪ねてきてからエリアン様はしばらく旅に出たんです。そして、帰ってきた時には随分と変わってしまいました。そのご友人とは随分昔からの付き合いらしく、たしか名前は……思い出せませんが、とにかく変わってしまわれたのです。」
「変わった?」
呪いの類でもかけられたのだろうか。でももし仮に屋敷を乗っ取る計画だったなら、わざわざエリアンを屋敷に戻す理由はない。適当な理由をつけて死んだことにすればそれで終わりだからだ。
「その、ご自身の書斎に籠るようになったんです。でもでも、そのご友人に何かされたとかそういうわけじゃないと思うんです!だってお返事はしてくださいましたし!それに、そのご友人たちの話をする時はとても楽しそうでした。ですので私はご友人達を疑うというようなこともしたくないのです。」
リリィは良くも悪くも純粋そうなので、全てを信じれはしないが、強く主張するということはその友人達とやらは信頼できる人間という印象だったのだろう。
「私はエリアン様が何日も籠っているのを見て、心配で何度も何度も話しかけたんです。外に出ませんか?とか息抜きに構ってくださいとか。その時にいつもと違う怖い声で『すまないが今はダメだ。静かにしていてくれ』と…私に…」
「辛いならもう話さなくても…」
「辛くはありません!私はエリアン様のお抱えメイドです!その感情は持ち合わせませんから!それに、何かとても大切な研究をされているようでしたから。」
マルクの言葉を遮り、リリィは強がって涙を拭うような動作をして続ける。
「そして、作業の合間にエリアン様は私を一度メンテナンスしてくださいました。その数日後、いつものようにお食事を持って行ったのですが、エリアン様は料理に目もくれず、私の言葉にも返事を返してくれることはなくなりました…きっと私の不用意な行動が怒らせてしまったんだと思います…」
これまで見てきた快活な彼女とは違って、声は震えて、悲しそうな表情をしているとても弱気な姿だ。同時に彼女に追い討ちをかけるような最悪な予感が頭に浮かぶ。
「なぁ、グレゴ。もしかしてエリアンは…」
グレゴも同じ考えなのか黙り込んでいる。というより、全員がなんとなく察していた。エリアンは間違いなく事切れていることだろう。リリィだけが主人の死を理解していない、もしくは知っていて目を背けているのだろう。
「やっぱり、今からエリアンさんに挨拶に行ってもいい?リリィたん」
「え?まさか私の代わってぶん殴りに行くとか言いませんよね?」
「そんなことないよ!ラニならぶん殴るかも…」
そう言ってクロエは私を見る。あいつの中での私評価どうなってんだよ。
「そんなっ!エリアン様に危害を加えようとするなら案内なんてできませんっ!」
「しねぇよ!クロエもバカなこと言うんじゃねえ!ややこしくなるだろうが!」
ポコっと1発叩くと、クロエはうずくまって頭を抑える。
「ほんの冗談なのにぃ…」
「自業自得だ阿呆」
「まあまあまあ、連れて行ってあげてもいいですよ。でも、今日はもう暗いですし、明日にしましょうか」
約束は取り付けることはできた。あとは死体が腐ってないことを願うだけだ。きちんと浄化できてない死体はゾンビになると言うからな。ともかく私たちは休ませてもらうことにした。




