死を知らぬメイド
「はぁ…」
「どうした?浮かない顔してんな。いやまぁ、これから死体を見にいくかもってのに気分上げろって言うのも変な話だよな…」
人の死体というのを見るのはそんなに気分のいいものじゃない。それがたとえ顔の知らない人間であってもだ。
「リリィはまだ来ぇへんのかいな。昨日待っといて言うてたんはこの部屋で間違いないやろ?」
「そのはずですけどね…」
昨晩、彼女は応接間で準備ができるまで待っていて欲しいと私たちに言った。応接間が二つ以上あった場合、そっちのことを言っていたのかもしれないが、それだったらあらかじめ言っておくよな…。
「待ってたら急にバーンって扉開けて来るんじゃない?」
クロエがそう言い終わるかのところでバンッ!と勢いよく扉が開く。本当、噂をすればなんとやらというやつだ。
「いやぁ、申し訳ないです!時間になれば目覚めるよう設定しておいたんですけど、体内時計が数分ズレちゃってました!えへ!」
「おいおい、しっかりしてくれよ。挨拶に向かうっていうのに、お前さんが寝坊したら仕方ねえだろ?」
リリィは手を合わせて片目を閉じ、
「いやぁ、でもねぼすけメイドもお好きでしょ?」
と続ける。それで許されるものか。
「とにかく、早くエリアン様の元へ行きましょう!あまりお待たせ過ぎましたら雷が落ちますよ!」
「アンタのせいで遅れてるんだよ!」
私たちは各々立ち上がり、こっちですよ!と部屋の外に指を刺すリリィについて行った。
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昨日と違って晴れているから気づいたが、入り口の大扉の正面にある大階段の踊り場に赤い髪の女性を写した絵画が飾ってあった。ほんの一瞬リリィかと思ったが違う。大人の女性というよりかは少し幼めの容姿だ。それに随分と綺麗な服装をしている。深い錆色をした衣装に身を包んだ絵画の中の彼女は尊大な顔つきで佇んでいた。エリアンの妻なのだろうか。
「この方が気になりますか?」
「いや、別に。大体想像つくし…」
「この方はエリアン様の想い人だったカリーナ様です!本人から教えてもらいました!」
ほらな。って、ん?おかしいな。聞き間違いか?
「想い人?嫁さんや娘さんやのうてか?」
「はい!交尾もしたことないとか!」
交尾言うな。
「深く…愛してるんだね…」
「わぁ…」
マルクが言葉に困り、イサベルですら困惑した苦笑いしか出来ていないのがこれの異常性を示す最高の表現だろう。そりゃあそうだ。普通片思いの相手をこんなでっかく誰の目にもつくところに飾りはしないだろう。こんな辺鄙なところに住んでる時点でそうなんだが、エリアンというのが随分と倒錯した人間であるというのを改めて感じさせられた。
部屋が近づくごとに自分の心臓の鼓動がどんどん大きくなるのを感じられる。深呼吸をして気持ちを落ち着ける。大丈夫だ。生きてても死んでても私には関係のない人間。だから私が心を痛める必要はない。そう言い聞かせる。
コンコンコン、とリリィが扉を叩き、中に向かって声をかける。
「エリアン様!昨日お伝えしたお客様たちがご挨拶に来ていただきましたよ!開けますね!」
リリィは遠慮することなく扉を激しく開ける。そこから死臭は立ち込め…なかった。少しの安堵が広がる。死んでない。生きてるのだ。ならなぜ彼女を無視するのかを問いただす必要がありそうだな。そう思ってリリィに続き、一歩足を踏み入れ、人影の方を向いた瞬間、絶句した。
その人影はベッドの横の木製の椅子に座ったまま白骨化していた。フードつきのゆったりとした大きな外套を羽織り、胸元には指輪を模したネックレスのようなものが光っている。
「ありえない…」
私はリリィの方を振り返る。グレゴたちが私と同じように驚いたり、状況を整理できないでいる中、彼女だけはきょとんとした顔をして私を見つめている。死というものを受け入れる受け入れられないとかそういう次元じゃない。彼女は死というものを理解せず、ずっと死体と暮らしていたのだ。
「さぁ、みなさん!エリアン様に挨拶してください!はい!せーのっ」
挨拶なんてできるわけがない。
「どうしました?緊張してるんですか?いやぁ、その気持ちはわかりますけど、ほらほら、早く挨拶しましょうよ!いち、にー、はいっ!」
「お…お初にお目にかかります!エリアン卿。私はマルク・フォン・デゾルディアと申します。昨晩からリリィさんからのご厚意で休息を取らせていただいております。今、そのお礼をさせていただくためここに参りました!」
マルクが即座に乗っかったので、残った私たちもそれに続いて片膝をつき、挨拶をした。リリィは満足げにうんうんと頷いている。
「それじゃあ私、お茶淹れてきますね!エリアン様はいつもの紅茶でいいですよね?みなさんもそれに合わせるように!」
この部屋の状況が異質すぎて、ツッコむ気力も湧かない。リリィは変わらない調子でそのまま部屋から出て行こうとしたのを見て、クロエが「私も手伝う!」と慌ててついていった。親指をぐっと上げていて、何か考えがあるようだったので、何も言わずに見送った。
「思ったよりヤバいことになってたな…どうすんだよ…これ」
部屋に残された私たちはというと、仕方がないので残った面々で話し合うことにした。イサベルは少しエリアンの骨に触れて魔物ではないかを調べている。
「…大まかに調べてみた結果なんですが、エリアン様の亡骸が魔物化することは無いです。断定はできませんけど、おそらくリリィたん様が定期的に換気をなさっていたのか、部屋の中のマナが循環して、彼を魔物に作り替えるといった悪い影響を受けなかったみたいです」
「それを聞いて安心したよ。流石に彼女の前で骨をぶっ壊すことになったらどんな反応されるか…」
いくら他人とはいえ、骸骨を破壊するのは気が引ける。それにしても、口では安心と言ったが、これからどうするべきか…
「なぁ、これ日記やないか?随分おかしなこと書いとるが」
イサベルを後ろから観察していたハンクが机の上の本をめくって読んでいた。
「オイオイオイ、死んでるって言っても好き放題するのはよくねえぞ、ハンク」
「グレゴさんの言う通りですよ。故人にとって覗き見られたくないものかもしれないでしょ?」
ハンクはバツが悪そうな顔をして本を置く。
「悪かったって。でも、ほんまにこれすごいこと書いてたで。この日記の最初のほう神聖750年とか」
「んなわけないだろ。今は神聖1596年だぞ?750年って、800年ぐらい前じゃねえか。こんな光も差し込むようなところで色も褪せずにそんなに綺麗に残ってるわけがない」
それに、もし仮に日記に書いていることが本当なら、ここの屋敷はこの大地のほとんどが戦場になったと伝えられている魔族との7年戦争以前より存在するってことになる。そんなバカな話があるものか。
「私もラニ様の意見に賛成です。それだと、リリィ様があまりにも可哀想過ぎます…800年以上もひとりぼっちだなんて…」
そうだ。日記が事実ならばリリィは800年以上も動く自立人形ってことになる。そんな技術力があり得るのか。
「こうなったら聞いてみるしかないな。リリィに」
ハンクは低く呟く。
扉が今度はゆっくりと開く。お茶の用意を配膳台車に乗せた2人が入ってきた。上機嫌な笑顔を見せるリリィに対して、クロエの顔は浮かない顔をしている。
「ほーら、私の華麗なるお茶淹れ演舞を魅せてあげましょ〜う!」
私ははしゃぐリリィには聞こえないようにクロエに近づき、聞いてみる。
「…何があったんだ?」
「…えっとさ、リリィたんに、エリアンさんが無視するようになって、何年経ったかわかる?って聞いたの」
まさに私たちが知りたかった情報だ。
「それで?」
「彼女ね、『自分の体内時計じゃ正確な年は神聖1000年までしか数えられないからわからない』って…」
「………」
頭が痛い。じゃああの日記は本物なのか?本当に、彼女は800年以上この屋敷にいたのか?
「それでね、『じゃあいつから無視されるようになったの』って聞いたら、『大体神聖752年ごろぐらいですね』って…」
クロエは不安そうな顔を私に向ける。
「ねぇ、ラニ…」
「…色々調べる必要がありそうだな。クロエ、ちょっと頼まれてくれるか?」
リリィを騙すのは気が引けるが、日記を読んででもエリアンのことを詳しく探る必要がありそうだ。




