リリィ
「皆さーん!夕食の!支度が!出来ましたよ!」
バァンと勢いよく客間の扉が開かれ、リリィの自慢げな顔が出てきた。一旦お前怒られろ。
「ここは応接間ですから!食堂へ案内しますね〜っ!」
「わーい!お腹ぺこぺこ」
リリィが親指でぐっと向こうを指差し、クロエは調子良く立ち上がって一番にそれに着いていく。それに続いて私たちも立ち上がり、部屋を出た。
「逸れないよう着いてきな…私ですらたまに迷うからよ…フッ…」
キザに言えることじゃねえだろ。自分の住んでるところで迷うな。
さっき偵察した台所を通り過ぎて、しばらく行ったところに食堂はあった。大机の周りは40席近くの椅子が並んでおり、上座には一際大きな席が鎮座していた。金色や銀色の装飾があしらわれており、座り心地もあちらの方が明らかに良さそうだ。あれが例のエリアンの席だろう。しかし休んでいるらしいからここに来ることは無いと、そう信じたい。もし出ていけと言われたらこの大雨の中を最悪荷車の中まで濡れる覚悟をして森を抜けないといけなくなってしまう。それは流石に困るので、どうにかエリアンの機嫌を損ねないように気を張らなくてはいけない。
「こんな森の奥にある割には立派な食堂ね!」
「そうでしょう、そうでしょう。なんてったってエリアン様のお屋敷ですもの!世界中見たってこんな立派な食堂はありませんよ!」
「こいつの家の食堂はもっと立派だぞ」
そう言って私はマルクを親指で指す。
「ちょっ…やめてよラニ。自慢しにきたわけじゃないんだから」
リリィは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
一方のマルクは後ろで愛想笑をしていた。
「なん…ですと…」
彼女は自分の顎をしきりに触って狼狽えている。少し意地悪し過ぎたか?
「ま…まあ?しょ…食堂の大きさ程度で全てが決まるわけではありませんから?ぜーんぜんそんなの気にしませんけどね?」
めちゃくちゃ気にしてるじゃねえか。声震えてんぞ。
「コホン、気を取り直して、それじゃあお料理取ってきますから座って待っててくださいね〜」
一つ咳払いすると、彼女は何事もなかったのように軽い足取りで部屋を出て行った。あの切り替えの速さは見習いたいもんだ。
「後で謝っとけよラニ。可哀想だったじゃねえか」
「はいはいわかった、わかったよ。まさかあんなに落ち込むとは思ってなかったんだ」
それぞれが席に座って待っていると、また扉が外れそうな勢いで開かれた。
「おー待たせしました〜っ!食べたくて食べたくてうずうずしてたんじゃないですかぁ〜?」
そしてガラガラガラと大きな音を立てながら配膳台車を押し、リリィがいやらしい目をしながら部屋に戻ってくる。もっとお淑やかなもんじゃないのか使用人って。毎回のように雑に開かれる扉もいつ壊れることやら。
「わーい!待ってました〜!」
「えらい上品なええ匂いするなぁ、腹の虫がめっちゃ動き始めたわ」
確かに食欲をそそるいい匂いだ。魚を香草で焼いたような料理、湯気からいい香りがたつスープに、鼻の奥に香辛料の効いた匂いを刺す肉料理、さらにはそれらに負けないほど芳醇な強い香りを放つパンまで並べられ、まるで貴族が戯れるビュッフェのようなテーブルだ。貴族といえばマルクの家で食べたものと似ているが、それよりも格段に芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。外の見た目と反して庭では香草などがきちんと栽培されているのだろうか。こんなに森の奥だというのに魚や肉などもどのように調達しているのか気になるところだ。
慣れた手つきでリリィは料理を配膳していく。その手際はふざけた印象しかもたらさずにいたさっきまでの彼女と同一人物とは思えないほどだった。
「かわいいのにこんなにお料理上手なんて素敵ですよ、リリィたん様!」
イサベルが両手を合わせてにこやかに笑っている。
「ふっふーん、惚れてもいいんですよぉ〜?ま、惚れられたところで私はエリアン様のリリィなのでお気持ちには答えられませんがね!」
前言撤回。こいつやっぱりふざけてる。
あっという間に食卓は料理でいっぱいになった。あの短時間でよくこれほど作れたものだ。これも自律人形だからこそ成せる技なのだろうか。そうなるとパンの焼き時間も気になってくる。
「それじゃあ皆さん!めしあがれ!」
「待ってくれ」
「ラニ?どうしたの?」
目の前に広がる豪勢な料理に手を出したい気持ちは山々だが、一応最終確認だ。
「アンタさ、」
「リリィたん」
「…リリィたんさ、『サリエル』って名前に聞き覚えはある?」
サリエルの名前を出してその反応を伺えば即座に彼女が魔族と繋がっているかどうか判断できる。なにせ不気味な屋敷であることには変わりは無いし、リリィという自律型の人形といった存在も怪しい。こちらとしては絶対的な確信が得られるまでは警戒心を解くわけにはいかないのだ。少しでも挙動不審になれば即座に叩き切る。その覚悟はできている。
「サリエルぅ?うーん、聞いたことが無いようなあるような…探し人ですか?」
「まあそんなとこ。本当に知らないのか?」
じっと彼女の目を見て言う。目は泳いでいない。…そもそも人形は人間のように狼狽えることがあるのかは疑問であるが。
「ごめんなさい、わからないです」
私から目を逸らさずに心底申し訳なさそうに言うので、ひとまず少しは信じてやることにした。しかし人形であることに変わりは無い。人間のように、嘘が表に出るということも考えづらい以上は完全に警戒心は解けないのだ。
「知らないならいいんだ。それと、さっきは悪かった」
「いえいえ、私も新しい見識を広められたので大丈夫ですよ〜なんならここで働いてくれるなら全部忘れますけど」
「…それは遠慮しとく」
一瞬、マルクの家で強制されたお茶会の記憶がよぎってしまった。
ふと視線を感じて、その方向を向くとクロエがうらめしそうな目でこちらを見ている。
「話は終わったかい?クロエさんがもう限界みたいだから早く食べさせてあげよう」
マルクが困ったような笑顔を浮かべてそう言うので、食事の時間とすることにした。食い意地だけは一流のエルフだ。改めて食卓を見ると、鮮やかな料理に思わず舌鼓をうってしまう。さっきまであれだけ疑っていたというのに食には抗えないものだ。
「私、エリアン様にお料理運んできますので、後でいい感想、聞かせてくださいね〜」
さっきから思っていたことだが、あんなふざけてるのに意外と主人思いの従者だ。なんだか切り替えの早さとギャップに頭がおかしくなりそうだ。そんなに主人思いなら少しは真面目にやってほしい。今も「いい感想以外許しませんから!」と言い放って彼女は部屋から出ていった。そろそろ扉も壊れないか心配だ。料理を口に運ぶと匂いからも察せたことだが、これまで食べてきた中で美味いと感じた料理のほとんどが過去のものとなるほどに良かった。魚の香草焼きは口の中で旨みが溢れ出し、骨なんて気にもとめないほどに手が止まらない。肉料理を口にすれば、度々濃いスパイスの香りが鼻を抜けていくが、主張は激しくないため他の料理の風味を邪魔することはない。さらに極めつけはパンとスープだった。王道の組み合わせだが、それが良い。熱いスープで芳醇なパンを口の中で解く感覚はたまらない。これは美味いの次元を通り越している。
みんなも真剣な面持ちになり、無言で一口、また一口と料理を口に運んでいる。ついこないだまで良い飯を食っていたであろうマルクですら夢中になってしまっていただけでなく、普段食事中ですらやかましいクロエでさえも食べることに集中していた。
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「ご主人様ァ!お食事の時間ですよぉ!」
コンコンコンと扉をノックをする。
たとえ慕っている主人の書斎であろうとリリィは遠慮なく扉を勢いよく開ける。この屋敷の扉は意外と頑丈なのかもしれない。
「今日は奮発してお肉を焼いてみたんです!今日こそ美味しいの一言いただきますよ。それに、たまには食べないと体にさわりますからね。日記を書く手も止まってますよ?」
リリィは声を落ち着かせながら彼の座っている椅子の近くに椅子を持ってきて腰を下ろし、台車の上に乗る香草焼きを一切れ彼の口元へ持っていく。
先程の食堂とは打って変わって静寂に包まれるエリアンの書斎では、リリィが動く度に出るキシキシ、ガチャガチャといった部品の音が目立つようだった。
「これもダメですか?ご主人様。好き嫌いはしない性格でしたのに…あっ!もしかしてふーふーして欲しいんですか?そうなんですか?もーしょうがないですねぇ!ご主人様可愛いんですから」
声のトーンをまた少し上げ、ニコニコと笑みを浮かべてリリィは肉にふーっと息を吹きかけて冷ましている。
「ほぉーら、これでちょうどいい温度ですよ。召し上がれー」
しかしエリアンはそれを食べることはない。リリィはしょんぼりとして肉を皿に置く。
「今日もダメでしたか…まあいいです!今日は久しぶりのお客様が来たんですから!お客様に感想聞きますもん!」
リリィはぷりぷりと怒ったフリをして部屋から出ていく。部屋から出る直前に部屋を振り返り、
「エリアン様、またいつか美味しいって言葉聞かせてくださいね…私、待ってますから」
そう小さく彼に囁き、静かに扉を閉めて部屋を後にした。
こんにちはればにらです。今回からなんやかんや謎に縛ってきた横文字外来語を限定的に解除していこうかなって思います。なんで縛ってたんですかね(笑)




