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第80話 リンドウ劣勢

「グスタフ、ほんとにここでいいのか? ブリッジへのエレベーターは駄目のようだが、非常階段みたいなものがあるはずだろ?」


「ああ、ここでいい。夏目ユキナガ」


 ユキナガとハツはオレンジ色のベスパで、ぼろぼろになったグスタフをリンドウ丸ブリッジの根本にあたる場所まで運んだ。無理やりのベスパ三人乗りはベトナムのなかよし家族のようだった。


 そこは広い空洞になっていた。


 中に入って扉を閉めると、わずかな青い灯りしかなく薄暗い。


 空洞の中央辺りにエレベーターを包む塔のようなものがあった。ヒメネス博士がいるブリッジへ続く道。彼女は無事だろうか?


 時折、雑音交じりの艦内放送が漏れ聞こえてきた。

『1358部隊、EK-4地点へ向かえ』

『4000部隊、CX-5地点へ向かえ』

 アゲハにも聞こえる状況なので、全て暗号で矢継ぎ早に指示が流れた。


「残念だろうが、……リンドウは負けるな」


 ユキナガの言葉に、グスタフの視線は一瞬力がこもったが、すぐに力が抜けて、静かに目を閉じた。

「そうだな。負けると思う」


 ユキナガ達は、リンドウとアゲハの兵たちが入り乱れて戦うなかをかいくぐってここまで来た。リンドウが劣勢であることは誰の目にも明らかだった。


 ハツは傍らで二人の話を聞いている。

 グスタフが目を閉じながらつぶやいた。

「戦力的に大きく劣っているということはない。しかし、兵のモチベーションが違う。リンドウは今日までアゲハと友好関係が結べると本気で思っていた節がある。それだけにこの状況に戦いながらも動揺している。アゲハとは違う。お人好しなことだ」


「もうじきアゲハの兵が来るぞ。ヒメネス博士の首をねらって」

「わたしが防ぐ」


「無理だ。君に戦う力はもう残っていない」


「それでも戦う。考えたくもないことではあるが、もしこの戦いでヒメネス博士が命を落とすのならば、そのときわたしの死骸はここにあるべきだ。主君のもとへの道を塞ぎ続けたAIヒューマノイドとしてわたしはここで死ぬ。それでいい」


「僕がブリッジに向かう。ヒメネス博士を救い出すよ」

「それは駄目だ!」

 ユキナガの言葉をさえぎるグスタフの語気は強かった。


「ヒメネス博士には誰にも会わせない。わたしはここを通さないぞ。敵でも味方でもだ」


「どうして? おまえ言っていることがメチャクチャだぞ!」


「来ましたね」

 しゃがんでいたハツが扉のほうを見つめながらつぶやいた。


 大きな音がして扉が破壊された。


 そして現れたのは10体ほどの戦闘用AIヒューマノイド。


 ユキナガがうめいた。

「うーわ、見たことあるやつがいる」

 以前、名古屋に現れた、移動簡易砲台型AIヒューマノイド『ロルバーン』。身長2mほどの人型で、丸い小さな時限爆弾をぼんぼん放ってくる強敵。

 それから小型の戦闘員AIシュナイダー。


 ハツが傍らに停めてあるベスパから何やら取り出して、ユキナガの元に来た。


 彼女が手にしていたのはユキナガのピッチャー用グラブ。

 そして自分は愛用のキャッチャーミットを手にしていた。青いキャッチャーミット。誰のものだったのかは今だ思い出せないが『22』という番号が刺繍されている。


「ユキナガくん。千本ノックの時間です」

「OK、すべてを理解した」


「何をする気だ。夏目ユキナガ、田中ハツ! 余計なことはしなくていい、逃げろ! お前たちではロルバーンに勝てるわけがない!」


 ユキナガは、グスタフのほうを振り向いてにっこり笑った。

「小僧、僕に指図をするな」


「な……!」

 壁に横たわって動けないグスタフをよそに、夏目ユキナガと田中ハツはグローブを手にして構えた。

「よっしゃ、しまっていこう」

「ばっちこーい!」


 ロルバーンの両肩の砲台から、球状の時限爆弾が高速で射出された。これは発射から五秒後に爆発する。最悪だ。

 

 うなりをあげて猛スピードで飛んできた爆弾を、ハツは青いキャッチャーミットでがっちりと受け止めた。そして盗塁を刺すかのように素早く投げ返した。


 鋭い送球がロルバーンの横にいたシュナイダーに命中、その瞬間に爆発した。


 おおきく形が変わって動かなくなるシュナイダー。


「思ったとおり。わたしたちならキャッチできますよこれ」

「ロルバーンが開発された未来世界では、これが捕れるのは僕たちだけだ。しかし昭和、平成の時代だったら、こんなのちょっと速いバッティングマシーンだな。」


 野球がない世界に生まれた投手と捕手。ロルバーンはそんな者がいるなんて想定されていない。


 次々と砲弾を放つロルバーン。向かってくるシュナイダー。

 ユキナガとハツは捕球してスローイングを繰り返し、アゲハのAIヒューマノイドたちを撃破していく。


「なんなんだこの二人は」

 茫然とするグスタフ。


 このまま圧倒するかに思えたが、そのとき不測の事態が起きた。


 ユキナガの投げ返した爆弾がロルバーンの装甲のとがった部分にあたり跳ね返って来た。爆弾はまっすぐグスタフのほうへ向かって転がっていく。


 爆発する。グスタフは観念した。

「……ああ、ここまでだったか。運がなかったな。リンドウに栄光あれ」


 そこにハツが駆けてきた。

 爆弾に向かって横っ飛びした彼女は逆シングルでそれをキャッチする。崩れた態勢。


 ハツは逆シングルのミットで、高く爆弾をトスした。そこにはユキナガが走りこんでいる。


 素手で爆弾を受け取ったユキナガはそのままジャンピングスローで投げ返した。

 

 ユキナガはつぶやいた。

「アライバだ」


 低めの送球はそこからどこまでも伸びて、ロルバーンの足に命中、爆発を起こした。


 崩れ落ちる最後の機体。平成の名選手のごときファインプレーを見せたユキナガに、しかし喜びは見られない。

「ごめんなロルバーン。シュナイダー。できれば壊したくなかった。きっと君たちにも心があるのだろう」


 ユキナガの横ではハツが、爆発の残り火を何も言わずに見つめていた。


 このとき、遠くで大きな爆発音がした。


 リンドウ丸が揺れる。揺れは数秒でおさまった。しかしそのあと大きな異音が繰り返し起こった。船がゆっくりと傾きだしたような気がする。また浸水が始まったのかもしれない。


 壁にもたれたままのグスタフが二人に呼びかける。

「どうか逃げてくれ夏目ユキナガ、田中ハツ。リンドウ丸の最期は近いようだ。君たちがヒメネス博士を守ってくれようとしたことを、このグスタフ心から感謝申し上げる」


「ユキナガくん。ここまでのようです」

「ああ、ムニョスが……勝つのか」


 そのとき艦内放送が流れた。聞き覚えのある声だった。


「ユキナガくん、これってみゆみゆの声では」

「ほんとだ、どうしたんだろう?」


『……が、……!』


 みゆみゆは何かを繰り返し叫んでいた。しかし爆音とノイズのせいで何を言っているかが分からない。


 何度目かの呼びかけで、やっとユキナガとハツはその内容を聞き取ることができた。


『ロッテおばさんが死んじゃった』

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