第78話 決闘
リンドウ丸のブリッジから、激しく鋭い金属音が二度三度と起こった。
ブリッジの煙の中から中空へ、後ずさるブラックウィングが現れる。
続いて飛び出したのは騎士グスタフだった。
グスタフは、切り裂かれて役に立たなくなった鎧を脱ぎ捨てていた。
汚れた白いシャツにも切り跡があって、肌が見えている。
捨て身のグスタフが剣を振り回す。そのすさまじい乱撃はブラックウィングを押し返して、ブリッジから遠くまで跳ね飛ばした。
「我が名はグスタフ!」
昭和34年の夜空に浮かぶ彼は高らかに叫んだ。世界中に宣言するかのようだった。
グスタフは、煙で中の様子がほとんど分からないブリッジのほうを向いて、残りの言葉を伝えた。
「あなたの忠実な騎士です」
「ヒメネス博士は無事なのか?」
甲板上にたどり着いて見上げていたユキナガの問いに答えるかのように、グスタフは眼下の兵士たちに向かって呼びかけた。
「案ずるなリンドウの兵士たちよ。ヒメネス博士は健在なり!」
グスタフは剣を両手で握り、剣先をブラックウィングに向けた。
「あいつ、グリップの握り方が今までと違う?」
ユキナガが気づいた。
「何をする気でしょうか?」
ベスパのハンドルを握るハツも、ユキナガとともに戦況を見つめる。
球状の光線を放つことができるグスタフは、距離を置いての戦闘も得意だが、ブラックウィングは非常に優れた俊敏性をもつ機体。当たるだろうか。
グスタフの剣先に赤黒い光が現れた。
「受け取れブラックウィング」
剣を前に突き出し。光線が放たれた。
「いつもの光と違う!」
ハツが叫ぶ。
球状ではなく螺旋状の光の筋がブラックウィングに襲い掛かる。
ブラックウィングは空中で体をひねってこれをかわそうとする。
光線の軌道がブラックウィングの直前で小さく鋭く変化した。
大きな音が響く。グスタフの攻撃が初めて直撃した。
「曲げて当てた。カットボールみたいな光線。あんなことができるんだ。どうしていままでやらなかったのかしら?」
「エネルギーの消費がはんぱなく大きいのだと思う」
ハツの問いに、ユキナガが答えた。
実際、空中に浮かぶグスタフに、すぐさま追撃する余力はないようだ。
グスタフは目を閉じ、深く息をついた。間を置いてから、もういちど剣を構えた。変化光線を放つ姿勢を取った。
ブラックウィングが身構える。さきほどの攻撃を受けてダメージはあるようだが、かわす姿勢を取る。はたして同じ技が通じるだろうか。もしかわされたら、負担が大きいだけに一転してグスタフのピンチとなるだろう。
その時、空中で対峙するグスタフとブラックウィングの上で爆音が響いた。
アゲハの戦闘機が被弾した。大量の煙を吹いて海へと落ちていく。
煙がリンドウ丸上空の視界を塞いだ。グスタフとブラックウィングはお互いの姿が見えなくなった。
「わ、わ、グスタフくんはどうしたらいいんだろう?」
予想外の状況を見てハツが慌てる。
ユキナガが目を凝らす。
「両方とも位置を変えているっぽいな。煙が晴れた瞬間が勝負だ」
月がまだのぼらない夜だった。
徐々に煙が薄れていく。
螺旋状の光の筋が空を横切った。グスタフの攻撃だ。
光線は大きくカーブを描いた。ブラックウィングには当たっただろうか。
「ああ、外した!」
ハツの声。
甲板から空中の二人の姿が見えるようになった。グスタフはふらふらになりながら第二射を撃つ構えを見せた。
ブラックウィングはあたりをきょろきょろと見回している。グスタフの位置を把握できていないようだ。
そこへグスタフの光線が襲い掛かった。
衝撃で飛ばされるブラックウィング。懸命に羽ばたき、どうにか空中での姿勢を立て直す。まだ終わらない。
甲板上でもリンドウとアゲハの兵士が入り乱れて戦っていた。
銃撃に交じって、どこからか噴き出された強烈な炎の帯が空中を美しく切り裂いた。グスタフがそれに気づいたようでちらりと下を見た。
ユキナガも炎が飛んできた方向を見る。
「彼女か。まだ無事なようだ」
「ユキナガくん、さっきのブラックウィング、グスタフくんを見つけるのがほんのちょっと遅れたようですね」
言われて上空を見上げるユキナガが眉をひそめた。たしかに見失ったグスタフを探すのに手間取っていた。
「あいつ……鳥目か?」
時刻は21時近い。暗闇と閃光のなかでは視力が落ちているのかもしれない。
そのことにグスタフは気づいただろうか。
グスタフの攻撃はブラックウィングにダメージを与えたが、しかしグスタフも限界は近かった。
ブラックウィングがグスタフに向かって襲い掛かる。スピードはまだまだ残っている。
固く鋭い翼の一撃が、グスタフの手をはたいた。
グスタフは剣を落としてしまう。
ユキナガ達は剣の行方を目で追った。
剣は海へと落ちた。
手ぶらになったグスタフをブラックウィングは大きく距離を取って眺めていた。
グスタフは少しのあいだ放心していたようだったが、彼は覚悟を決めたかのように両こぶしを顔の前で固めて、ファイティングポーズをとった。
煙は完全に晴れて、いまや姿を隠すすべはない。
「光線は……剣がないと撃てないんだわ」
ハツは、静かな表情でこのAIヒューマノイド同士の決闘を見守っていた。決着の時は近いように思われた。
そのときリンドウ丸のブリッジで新たな爆発が起きた。
大量の黒い煙が夜空に向けて噴き出し、広がった。再び空中のグスタフとブラックウィングの姿が見えなくなった。
その爆発はブリッジにいた誰かが意図的に『起こした』のかもしれなかった。実際それはグスタフへのアシストになった。
視界を遮る煙の中で、おそらく先ほどと同じようにお互いが動いている。
次に互いに姿の見えたときが、恐らく最後の勝負。
煙がゆっくりと薄まっていく。ユキナガがぽつりとつぶやいた。
「野球やりたいだけなのに、わしの人生なんでこんなことになっとるんじゃ」
煙の向こうに、星が一つかすかに見えた。
そして煙は晴れた。
ブラックウィングは体の向きを素早く小刻みに変えて、グスタフの姿を探す。
「こっちだ、ブラックウィング」
ブラックウィングは背後からの声に振り返った。
ブラックウィングが目にしたのは、空中に浮かぶグスタフが、両腕でみゆみゆを抱きかかえる姿だった。
みゆみゆもグスタフの首を両腕で抱きしめている。それはまるでダンスの振り付けのように。
「なんじゃなんじゃ、わたしは忙しいというのに」
彼女はブラックウィングを一瞥した。そして「すまんの」とつぶやいた。
みゆみゆが口をすぼめて、猛烈な炎の帯を吐き出した。
ブラックウィングは、巨大な炎に飲み込まれた。
リンドウ丸の甲板が、炎によって明るく照らされた
彼女の長い火炎放射が終わったとき、空中にブラックウィングの姿はなかった。
完全に消し飛んでいた。
「グスタフ、勝ちやがった」
ふらつきながらみゆみゆとともに降りてくる騎士を見上げながら、ユキナガがつぶやく。
「ねえ、勝ったよ……」
グスタフは誰かの名を呼んだようだったが、ユキナガには聞き取れなかった。




