第77話 騎士と女王
クララは脇腹を抑え傷の痛みに耐えながら、絶望の中にいるグスタフを見つめていた。
「わたしは誰にもこのことを打ち明けなかった。それはペドロにも同じ。怒っているよね、当然だわ、とても申し訳なく思う」
「怒ってなどいない。ただ、わたしはあなたに信用してもらえなかったことが、悲しいのです、クララ。このグスタフはマリア・ヒメネスにとって唯一無二の存在であるということが誇りだった。わたしは、あなたがクララだったとしても、それでも一緒に苦しみを共有したかった」
「打ち明けたかったよ、何度も思った。でもできなかった」
「何故?」
「わたしじゃ誰もついて来てくれないもの。ヒメネス家を再興することは、マリアのカリスマ性と実績がなければ不可能だった」
「そんなことない」
グスタフが否定しても、クララは長い間抱えていた思いを抑えることができない。
「あなたの忠義はわたしに向けたものではない。あなたへ命令をする権利をわたしは持たない。それなのにわたしはグスタフを利用し続けた。ずるい人間」
「違うよクララ」
「だってペドロも、そしてあなたも、わたしよりお姉ちゃんのほうが好きだったでしょ」
「ねえクララ、どうかそんなことを言わないでよ。わたしはあなたが大好きでしたよ。あなたはわたしのことを可愛いと言ってくれた」
クララは、顔をゆがめて必死に話すグスタフを見ていた。彼女の表情は小さい女の子だったころに戻ったように、怯えて、自信なさげだった。
「クララ、わたしはあなたの命令を果たすことができて光栄だった。あなたがわたしに命令を下すとき、ときとしてそれが本心からのものではないことがわかった。あなたの心の中でどんな葛藤があるのか理解することができた。悩み苦しむあなたを愛おしいと思った。そしてあなたというひとりの人間の期待に答えたいと思った。本当は強くもなく聡くもないあなたに仕えることはわたしにとって名誉であり、幸せなことだった。そこに何ひとつ嘘はない」
かつて大きな牛の姿をしていたグスタフは、ぎこちなく、懸命に、思いを伝えた。
弱き二人は、初めて手を握った日のことを思い出していた。
「グスタフはわたしがマリア・ヒメネスでなくても願いを聞いてくれるの?」
リンドウ丸のブリッジでは、煙で視界がとても悪いなか、動ける何人かが、負傷者の救助や機械の確認を行っていた。
その彼らから小さな恐怖の悲鳴があがった。
ブリッジに現れた敵のAIヒューマノイド、ブラックウィング。宙に浮いている。
最新鋭機ブラックウィングはとても一般の兵士が太刀打ちできる相手ではない。
おののく兵士たちの中、ブラックウィングの前に歩み出たのはクララだった。
脇腹を抑え、頭からも血を流し、煙にまみれて満身創痍のクララはじっとブラックウィングを見据えた。
ブラックウィングは空中でゆったりと羽ばたきながら、クララを観察している。いつ襲い掛かってきてもおかしくない、緊迫した空気が流れた。
クララが低い声で、しかしはっきりと告げた。
「我が騎士グスタフよ、我を守護せよ。クララ・ヒメネスに仇なすものを撃ち滅ぼせ」




