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第76話 被弾

 グスタフは重傷だった。ブラックウィングの必殺の一撃を彼はまともに食らってしまった。


 思考の維持に支障をきたすほどのダメージを受けて朦朧としながら、グスタフは煙が噴き出すリンドウ丸のブリッジのほうに視線を向けた。主君マリア・ヒメネスの危機を理解した。


 グスタフの目は半分ほどしか開かれていなかった。美しい金髪が煙ですすけていた。


 うつろな表情でそのまま倒れてもおかしくないかに見えたが、グスタフは弾かれたようにブリッジへ向かって轟音とともに飛び上がった。


 リンドウ丸ブリッジの特殊ガラスは敵の砲弾によって粉々になり、中は煙と炎で視界が悪い。倒れている者の姿がいくつもあった。


 たどりついたグスタフは大声で主の名を呼んだ。


「ヒメネス博士! 博士は無事かあ!」

 返事は帰ってこない。機器類が小さな爆発を起こし続ける。警告音もけたたましい。


「マリア!」

 取り乱したグスタフはもはや悲鳴のように叫び続けた。傷ついた体を引きずりながら、悪夢のような煙の中をさまよう。


「おーい……」


 小さな声が、グスタフの耳に届いた。

「ヒメネス博士!」


 声のほうへ向かってグスタフは歩みを進める。体はうまく動かず、もはや這いずるに近かった。


 壊れた機器やいすの間に挟まるようにして、ヒメネス博士は仰向けに倒れていた。


「博士……、博士……!」


 グスタフは椅子をわきに寄せて、ヒメネスの体を隙間から引き出す。白衣の脇腹のあたりが血で赤く染まっている。


「グスタフ、いいのもらっちまったよ。ああ、君も随分とやられたみたいだね……」


 彼女の意識ははっきりしているようだ。額からもわずかに出血が見られて、黒縁の眼鏡がゆがみ、レンズにひびが入っている。


「……?」

 ヒメネス博士の状態を確認しながら、グスタフは異変に気付いた。


 ヒメネス博士の周囲に電気的なノイズのようなものが見受けられる。何か様子がおかしい。


「……博士?」


「……ん? あれ、これは。ああ……まずいな」


 ノイズが激しさを増した。何かを押しとどめようとするかのように光の波は巻き起こり、しかしそれは叶わず、ほどけていった。


「これはいったい」


 光が収まったとき、赤毛のヒメネス博士の姿はそこになかった。いまグスタフの前には、傷ついた黒髪の女性が、戸惑いと悲しみの入り混じった表情で彼のほうを見ていた。


「グスタフ、あなたには知られたくなかった」


 ヒメネス博士より小柄なその女性を、グスタフは見覚えがあった。


「お前はムニョスの側近……。どういうことだ、ヒメネス博士はどこだ?」


「ほんと、お姉ちゃんはどこに行っちゃったんだろう?」


「貴様」

 グスタフはいらだちとともに彼女に詰め寄る。


「わたしのことわかんないよね、グーちゃん。10歳も年を取っちゃったもの」


『グーちゃん』


 遠い日の記憶がグスタフの脳裏に浮かんだ。


 幼い少女。差し出された右手。


 あの頃のグスタフは、今と違う姿をしていた。


 大きな体。牛をベースとした、ボディガードとして見るものを威圧するようにデザインされた容貌。


 怖がられることが多かった。はっきり嫌いだと言われたこともあった。


 ひとり膝を抱えて座っていたグスタフに、彼女は手を伸ばしてくれた。おとなしい少女だったが、年の離れた活発な姉よりもグスタフに懐いてくれるのは早かった。


「クララ……?」

「わたしはいままであなたをだましていた。ごめんね、グスタフ」


 あたりに立ち込める黒煙と炎、そして遠くに響く戦火の轟音が、二人を現在に引き戻した。


「クララ……死んだはずのクララだ。これはなんだ。わたしには何が起きているのか分からない」


「グスタフ。わたしは今までマリアお姉ちゃんのフリをしてきたの。みんなの仇を討つために。何年もずっと。パパとママを失ったあのときから、あなたが見てきたマリアはずっとわたしだった。クララだった」


「まさか、そんな……。では本当のマリア・ヒメネスは」


 クララは首を横に振った。


「何ということだ。ヒメネス博士……!」


 グスタフは心の支えが崩れ去っていくのを感じた。膝をつき、手をついて打ちひしがれた。


 AIヒューマノイドの嗚咽が、壊れ行くリンドウ丸のブリッジに響いた。

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