第75話 ふたりは征く
ユキナガとハツはそのとき、リンドウ丸の通路をベスパの二人乗りで移動していた。
ハンドルはユキナガが握っていた。
時折、リンドウの乗組員とすれ違ったが、二人にかまっている余裕など誰もない。
リンドウ丸船内に侵入したアゲハ兵たちとの戦闘は続いていた。
ユキナガの背中にしがみつくハツが、これまでのことをかいつまんで話す。『一ノ瀬アン』の部分を省きながら。
「でね、わたしはその爆弾を撤去しちゃったんですよ。そしてヒメネス博士の怒りを買いました」
「爆弾を撤去? よくそんなことができたね」
「AI搭載の爆弾だったので、『爆発しないでね♡』ってかわいくお願いをしたら聞き入れてくれました」
「君のコミュ力って何気にすごいよね」
銃声や叫び声が近づいてくる。戦闘が行われているエリアは近いようだ。
「ヒメネス博士は、この旅の最初からアゲハといくさをするつもりだったということか」
ハツはユキナガに『ヒメネスの思惑』を話した。
「ユキナガくんは、騙されたと思っていますか? ヒメネス博士が人としてやってはいけないことをやったと思っていますか?」
「別に。いくさとは騙しあいのことだ。どちらがより上手に騙せるかを競うものだ。だからいくさにおいて騙すことがいいことか悪いことかという問いがそもそもおかしい」
「なるほど」
「アンはアゲハ号にいるのだろうか?」
ユキナガの言葉を聞いて、ハツの脳裏に、ヒメネス博士の顔が浮かんだ。ハツはあの時、自分の思いをヒメネス博士に向かって告げた。
夏目ユキナガにとってのマリア・ヒメネスとの日々を、一ノ瀬アンとの日々を、叶うことならば楽しい思い出のままにしてあげたい。
ハツがそのことをヒメネス博士に伝えたとき、彼女の顔がゆがんだ。そこにはいろんな感情が混じっているようだった。
(わたしにも、人の心というものが少しはわかる)
そこには嘘以外のものがきっと在った。
夏目ユキナガの二人に対する友情は、決して一方通行ではなかった。
ハツは思った。わたしは自分が正しいと思うことをする。
現在戦闘を指揮しているだろうマリア・ヒメネスは、一ノ瀬アンが変身した姿だということを、ハツからユキナガに伝えることはしない。
(わたしは心に決めたことをする。夏目ユキナガとともに)
「わたしたち、事ここに至っては、職務から離れた行動をしていいのではないかと思います」
ハツの言葉にユキナガはうなずいた。
「ムニョスを死なせたくないな。なんだかさ、苦しみながら生きている若者を見ちゃうとね。僕の中のおじいちゃんが余計なお世話をしたくなる」
夏目ユキナガは心に決めたことをする。
二人の乗るベスパの行く手に、アゲハの兵士たちが現れた。
「運転を替わりましょう、ユキナガくん。わたしの『レーサースキル』が、きゃつらをぶち抜く」
ユキナガとハツはベスパに乗ってリンドウ丸の通路を突き進んだ。
「今ごろ後楽園球場は盛り上がっているだろう」
走りながらユキナガが、今夜ムニョスと見るはずだった試合のことを話した。
「長嶋茂雄と王貞治の『アベックホームラン』はこの試合で始めて記録された。阪神のルーキー村山実投手は前の試合で登板していて、出番はないと思われていた。本人は当然投げたくて仕方がなかったのでがっかりしていたんだけど、彼は終盤の大事な局面で登板することになる。もうウォーミングアップを始めるころだろうか」
ハツはユキナガの話す物語に耳を傾けながらベスパを巧みに操った。
電気系統にも損害がでているのか、明かりが消えている場所がいくつかあった。
この時間帯リンドウ船団は徐々に押され始めていた。
二人は上層まで到達していた。
「ユキナガくんあれ!」
ハツが指さした方角をユキナガが見た。リンドウ丸上空。
そこでは騎士グスタフとブラックウィングが一騎打ちを繰り広げていた。
グスタフの剣とブラックウィングの鋭い羽で激しく切り結ぶ。
夜の空に火花が飛び散って見える。
「鳥相手に空中戦するとは、バカ正直なやつだ」
「まじめな子ですよねえ」
グスタフは善戦していたが、スピードでは相手が勝る。彼の鎧は傷だらけだった。
ブラックウィングが一度距離を取った。
そして両羽をすぼめて、自分の体を黒い槍のように変えて、グスタフ目掛けて一直線に攻撃を仕掛けた。スクリュー回転しながら超高速の一撃。
グスタフはまともにその攻撃を食らった。銀色の鎧が引き裂かれる。
グスタフは吹き飛ばされ、リンドウ丸の広い甲板に叩きつけられた。
「やられたか?」
「動いてはいますが、これ以上戦えるかどうか」
そして20時03分のこと。アゲハ船団からの砲撃が、リンドウ丸のブリッジ付近に直撃した。
ブリッジに爆発が起こり、おびただしい量の黒煙があがる。ヒメネス博士がいるはずの場所。
「え」
ユキナガは絶句した。
ハツがポツリとつぶやいた。
「……リンドウが負けるの?」




