第73話 王の帰還
ユキナガとハツは防御壁を抜けたところでベスパを停めた。
ユキナガにつかまるハツは、彼の背中に顔をうずめていた。
「もうユキナガくんに会うことはないと思っていました」
「うん、そのつもりだったんだけど、戻ってきてしまった」
「それでよかったの?」
「わかんない。後から死ぬほど後悔するかもね」
ユキナガは振り返ってニカっと笑った。
「ハツにまた会えてうれしいよ」
「わたしもかな。しかしユキナガくん、わたしの居場所が良くわかりましたね」
「ペドロさんが、教えてくれた」
「天使かよ」
こうしている間にもリンドウ船団とアゲハ船団、互いの砲撃が続く。
海上のリンドウ丸目掛けて、天から降り注ぐアゲハ号からの砲弾。空気を切り裂く音、近くの海に落ちる音。
怒り狂う雷鳴のようだ。
自分たちの命をも脅かすその音を、ユキナガはしばし目を閉じて、親愛を込めて、聞いていた。
「ムニョスも自分の船に戻ったよ」
同時刻、上空、アゲハ号のブリッジでは帰艦したムニョスが悠然と現れた。
「一同ご苦労」
「賢王ムニョス。お待ちしておりました。今日はあなた様の栄光の日」
ムニョスに言葉をかけたのは、軍服姿のエンリケ少将。50代後半で過去の遠征にも参加している。大きな白髭が自慢の小さな男。
(この語り口嫌いだわー)と内心思いながら、ムニョスはうなずいた。
彼はブリッジの面々を見回して、そこに一ノ瀬アンの姿がないことを確認した。それで問題ない。彼女の仕事はいくさを起こすことまで。
「エンリケ少将、現在の戦況をどう見る」
ブリッジ中央のスクリーンには双方の布陣が映し出されていた。
「わが軍の戦果目覚ましく、アゲハの正しさが間もなく証明されるでしょう」
「君のいう善悪というのが、わたしには理解が少し難しい」
それは少将にとって意外な物言いだった。
「賢王?」
「ああ、気にするな。休日に仕事の電話が来て、うんざりしているだけだよ」
オペレーターのひとりがそのとき叫ぶ。
「巨大な電磁波を観測!」
エンリケ少将がモニターの数値を確認する。
「リンドウの戦艦がワープ機能を使って接近している可能性があります。なあに、至近距離からの射撃で、はたき落としてごらんに入れましょう」
「できるといいが」
「え?」
ムニョスの言葉の意味を少将が尋ねる前に、オペレーターが再び叫んだ。
「上です! 我が艦隊よりさらに高い位置に敵艦3隻が出現しました!」
「上だと!」
それはエンリケ少将にとって驚くべき事態だった。
ムニョスは「ほら来た」とつぶやいた。
事前に、リンドウの戦艦が行動可能な限界高度については一ノ瀬アンより情報があった。
アゲハ船団はそのぎりぎりの高度に布陣したはずだった。
そしてアゲハ船団はほとんどすべての砲門を下向き、海上のリンドウ船団に向けていた。
にもかかわらず、自分たちよりさらに高い位置に敵艦が現れた。彼らはアゲハに向けての砲撃を開始した。
アゲハは完全に上と下から挟み撃ちされるかたちとなってしまった。
「賢王ムニョス。こ……これは!」
「一ノ瀬アンが嘘をついたわけではないのだろうが、リンドウは極秘の高性能機を隠し持っていたのだろう」
挟み撃ちは、どちらもワープ機能を持つ以上、ありえる戦術ではあった。
しかし「こっちは同じことができない」ムニョスは、狼狽する家臣たちをよそに冷静だった。
敵は海上にいる。その下、海底にワープして行動できる機体がアゲハにもリンドウにもない。
「時空移動ができる潜水艦は開発が間に合わなかった。つまり海と空に分かれての遠距離砲撃戦は、アゲハの分が悪い」
ムニョスの指摘にエンリケ少将は言葉を失った。しかしすぐに自らを奮い立たせるように彼はこぶしを振り上げた。
「反転して、うるさいハエを追い払うのだ!」
「エンリケ少将、砲撃を上下に分散させたら、どちらも中途半端になる。わが軍は一気に崩れるぞ」
「ではどうすれば!」
エンリケ少将はこの状況にいら立ちを抑えることができなくなっていた。もともと彼は、アゲハ船団の中で一番の経験を持つ自分の能力を過信する傾向があった。不測の事態には弱い。
「落ち着き給え、エンリケ少将。我々は規律ある軍隊だ。君は心静かにわたしの意見に従うべきだと思うのだが、如何に?」
粛々と自分の職務をはたしながら、ムニョスは後楽園球場の景色を思い出していた。
カクテル光線と観客席のざわめき。
あと少しで天覧試合が始まるところだった。
『夏目殿、俺は戻るよ。こうしているうちにも家臣が俺のせいで死んでいく。俺はアゲハを勝たせなければならない。できることをやらなければならない。君だけでもここに残れ。この時代に残れ』
『捨てることができないんだね。君がそう決めたのなら尊重する。僕は僕で決めるよ。存分に戦うがいいさ、エスカミーリョ・ムニョス。弱くて強き、やさしい男。君は僕が知るなかで、もっとも偉大な将だ。あなたと出会うことができたことを誇りに思う』
『夏目殿、また今度野球を観に行こう』
リンドウ丸船内のユキナガも、同じ時に同じことを思い出していた。
ユキナガは小窓を見つけて、戦況を自分の目で確認しようとした。そして「あっ」と小さく声を上げた。
ユキナガが目にしたのは天空から急降下してくるアゲハ号の赤い機体だった。
「旗艦が突っ込んできた。なんて無茶な」
巨大な円盤型の船型をもつアゲハ号は、数発被弾しながらも、進むことをやめない。
アゲハ号は海面に到達し、水面を滑りながら轟音とともにリンドウ丸にまっすぐ向かってきた。その光景は恐ろしいほどの迫力だった
となりのハツが叫んだ。
「うわ、こっち来た! ぶつかる!」
次の瞬間、ものすごい音と衝撃で、ユキナガとハツとベスパは通路で転倒してしまった。
ユキナガがすぐに起き上がり、叫んだ。
「アボルダージュだ!」
移乗攻撃。




