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第69話 戦端

 話し終わったヒメネス博士の体が光り、一瞬で彼女の姿が変わった。


 ハツは一歩後ずさる。

「一ノ瀬アン。いえ、あなたはクララ……?」


「ムニョスはわたしから両親と姉マリア・ヒメネスを奪ったわ。だからわたしは復讐するの。シンプルでしょう? どうか邪魔しないでよハツちゃん」


「あなたに理由があるのは分かりました。でも、そのためにリンドウとアゲハが戦うことになる。たくさんの命が危険に晒される。賛成はできかねます」


 クララはハツに向かって歩いてくる。体が光る。彼女は再び姿を変える。


 マリア・ヒメネス。


「賛成しなくていいよ。君からすればいい迷惑だろう。アゲハでもリンドウでも同じ、暴君と暴君が戦ってどちらかが残るだけ。理解はしているが、それはわたしが戦うことをやめる理由にはならない。それにどうせね、わたしがやめたところで別の誰かが戦争をするんだ。平和は戦争の後にやってくる。ユキナガ氏だったら分かってくれるのではないだろうか。彼はなぜか歴史の本質というものを良く知っている」


「ヒメネス博士。話し合ってどうにかなるものではないことは分かりました。わたしは、わたしの意志に従って行動する。」


「ハツちゃんの意志、わたしの意志。マリアが19歳まで生きていたらどんなことを考えたかがわたしには分からない。でもお姉ちゃんならきっとうまくやったはず。わたしがやっているのは自分の命を使って、他人の人生の続きを歩むこと。わたしは過去のすべてを失って、自分の未来を想像することすらできなくなった。それでもマリアとして今日まで生き抜いて見せた。ねえ、ハツちゃん。そんなわたしに勝てんの?」


「ベス、来い!」

 ハツが叫ぶと、どこからかオレンジ色のベスパが彼女に向かってかっとんできた。


 ハツは素早くベスパに飛び乗り、アクセル全開でヒメネス博士から逃げ出した。


「逃がさない」


 オレンジ色のベスパはハツを乗せて機関室から脱出した。リンドウ丸の狭い廊下を駆け抜けていく。


 機関室の入り口付近にいたペドロ親方は何が起きたのかわからず戸惑う。ハツの行ったほうを茫然と見ていると、機関室の奥からヒメネス博士が走ってやってきた。

「ペドロ、グスタフに連絡をして!」


 ハツは格納庫を目指していた。そこには小型の脱出艇が何隻かある。


 後ろからロケットのような轟音が近づいてくる。

「まったくあんたは……、いっつもいっつも」

 ハツは振り返らずともその音の主が誰だかわかった。


「われこそはヒメネス博士の忠実なる騎士グスタフ。これより田中ハツを捕獲する」


 ハツはレーサースキルを装着していた。細かいわき道に素早く入って、空を飛んで追ってくる鎧姿のグスタフを振り切ろうとした。


 しかしグスタフはハツのベスパが行く先に赤黒い光線を放ち、その爆風を受けてハツとベスパは転倒してしまった。


 グスタフに上から取り押さえられるハツ。彼女は叫んだ。

「グスタフくん、あなたは!」


 ハツはグスタフを静かににらみつける。

「なんだ」

「……どこまで知っているの。ヒメネス博士がやろうとしていることを」


「お前は何を聞きたいのか。ヒメネス博士の過去は知っている。彼女は両親と、()()()()()()()()亡くした。アゲハの陰謀によってだ。ヒメネス博士がかたきを討つことを願うのであれば、わたしはあの人を助けて、どんなことがあっても目的を果たさせる。リンドウとアゲハは戦い続けることが宿命なのだ」


「なるほど、よくわかったわ」


 廊下の向こうから白衣のポケットに両手を入れて、ヒメネス博士が歩いて来るのが見えた。

 今度こそダメかもしれない。ハツは覚悟を決めた。


 この瞬間、リンドウ丸の乗員の多くが外からの大きな音を聞いている。艦橋の乗組員たちは遠くに赤い炎を見た。


 リンドウ船団の護衛艦バルミューダが被弾。それは空中に浮かぶアゲハ船団からの砲撃によるものだった。


 このときの時刻12時35分。


 リンドウとアゲハの戦端が開かれたとされる時刻は、この時点では決まっていない。


 それは勝ったほうが決めること。

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