第68話 彼女の逆襲
わたしの家族、ヒメネス家は科学者一家だった。
パパとママともに、ツワモノにしてイロモノの科学者。
おじいちゃんも科学者。彼が若かったころに、太陽フレアによって地球上のデジタルデータがふっとぶ大惨事があった。その後、おじいちゃんは一生を費やして新たな時代の技術、その指針を作り上げようとした。
それが実を結ぶのは自分が死んでからだろうことは分かっていた。それで良かった。
苦労続きだったが、自分の仕事がきっと未来の礎になるという確信を持って働くことができたあの世代は幸せだったと思う。
祖父ヒメネスの思いを引き継いで、父母は『出る杭』として生きた。
そしてその子供は『出過ぎた杭は打たれない』を、身をもって証明することになった。
マリア・ヒメネスは、10代前半にして歴史上稀にみるほどの有能な科学者だった。時間移動の理論は父が発見したことになっているが、本当のところそれはマリアの業績だった。
いつのころからか、エスカミーリョ・ムニョスは技術交流という名目でヒメネス家に普通に出入りしていた。
ヒメネス家は祖父の代からのリンドウの重臣。ムニョスはアゲハの王の家系。
リンドウとアゲハはどちらも『民間企業』という枠組みのなかの存在ではあったが、アゲハは由緒正しい血統を引き継ぐ、貴族的な傾向がリンドウよりも強かった。
その頃のエスカミーリョに爵位はまだない。
高貴な生まれであるムニョスは、打ち解けるととても人懐っこい若者だった。父母も彼を可愛がった。ヒメネスの屋敷で、自分の家みたいにこたつで寝ていることすらあった。夜までいて、カレー食べて帰った。
彼と、ヒメネス家の姉マリア、妹クララ。三人で遊びに行ったこともあった。ムニョスとマリアは二人で写真を撮っていた。クララがずるいと怒って、三人でもう一枚撮った。
彼らの関係は良好だったが、しかしリンドウとアゲハが決して相容れることはない。争い続けることによって国の発展に貢献することが定め。
エスカミーリョ・ムニョスは、この先何が起こるかをこの時期にほぼ理解していただろう。
同じころ、ペドロもヒメネス家に頻繁に出入りしていた。彼は科学の知識には乏しかったが、機械いじりが得意で、現場の要として父母を長らく支えていた。
ペドロとムニョスが鉢合わせしたことがあった。
簡単に挨拶したあと、向かい合う二人に変な間があった。
ムニョスからするとペドロはまともに自分と口を利くことなどありえない、わきにそれて平伏すべき身分だった。
ペドロが相応なふるまいをすることをムニョスは待っていたが、ペドロはそのままだった。そして何も起こらず二人は別れた。
このときからムニョスはペドロを文明人とは見なしていなかったろう。
そのころのグスタフは、赤毛の牛をモチーフにしたデザインのAIヒューマノイドだった。
角が生えていて大きな体。ヒメネス家の頼れるボディガード。
マリアもクララも牛の姿の彼に良くなついていたが、彼を初めて見る小さな子供や若い女性などは、怖そうな風貌にしり込みすることもあった。
「好かれる姿になりたい」
ぽつりと彼がつぶやいたのを聞いたことがある。
そして、その時が来た。
『第一次時空遠征』とのちに位置付けられたその実験は、大戦艦などまだ存在しない、数隻の小型船による規模の小さなものだった。
それはリンドウ主導の実験計画で、技術面で劣るアゲハは事あるごとにリンドウの後塵を拝していた。
リンドウの頭脳であるヒメネス夫妻、そして娘のマリアを除去することによってのみ、アゲハの時空遠征事業における立場はリンドウと同等となることができた。
アゲハによるヒメネス一家が乗った小型船への襲撃。時空移動中を狙ってきた。
いまでは実験中の事故だったことになっている。 反論できるものがこの世にいない。
クララが意識を取り戻したとき、彼女は10年前の世界にいた。
時空のはざまに吹き飛ばされた少女は、過去に流れ着いた。場所は地球の裏側。
自分の国にクララとして帰ることはできない。アゲハが探索の網をどの場所にもどの時代にも張り巡らせていた。
父母もマリアも遺体は見つからなかった。
家族も戸籍もすべてを失った小さな女の子にひとつだけ残ったもの。
生きる目的。
それはムニョスへの復讐だった。
ムニョスを倒すための力と、ムニョスを倒すための立場が必要だった。
過去の世界において、彼女はほぼ独学で必死に勉強した。父や母、そしてマリアの高みを目指して学び続けた。
つらくなると、このとき自分の国で何が起きていたかを思い出して自分を奮い立たせた。
母が研究していた『一瞬で姿を変える装置』を完成させた。
彼女が復讐という目的を果たすためには、マリア・ヒメネスの姿が必要だった。
10年前に飛ばされたことにより、クララはマリアより年上になった。
再び表舞台に姿をあらわしたヒメネス博士。事故からの奇跡の生還と世間は彼女をもてはやした。
そしてクララのマリア・ヒメネスとしての人生が始まった。
マリアに再会したペドロは彼女を抱きしめて泣いた。
ペドロはマリアのことが昔から好きだった。マリアはペドロのことが好きではなかった。
クララはペドロのことが小さいころから好きだった。だからヒメネス博士として彼と結婚した。
クララは、マリアに向けられた夫からの愛情を一番近くで見せつけられる人生を選んだ。
ペドロは嬉しかったろう。
そして、クララの姿には一ノ瀬アンというかりそめの名前を与えた。アゲハを組織内部から切り崩すために、一ノ瀬アンとしてムニョスに近づいた。10歳年齢を重ねたクララにムニョスが気づくことはなかった。
リンドウ丸の機関室で、彼女は戸惑うハツに向かって告げた。
「わたしはクララ。マリア・ヒメネスの仇、ムニョスを討つもの」




