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第67話 誤算

 運命を受け入れる覚悟とともに、ヒメネス博士は爆弾の起動スイッチを押した。


 これで自軍の船、リンドウ丸機関室にて小規模な爆発が起こる。


 その爆発を『アゲハ船団からの先制攻撃』とみなして、リンドウ船団はアゲハ船団に対する攻撃を開始する。


 偽りの大義名分。


 押してしまった。もう後戻りはできない。

 ヒメネスは静かに目を閉じる。


 そして数秒の時がたった。


 遠くで人の声が響き続けている。慌ただしい足音もわずかに伝わってくる。


 ほかの音は聞こえない。


「爆発……した?」

 ヒメネス博士は夫のペドロにたずねた。おかしい。


「していないようだ」

 彼にも戸惑いが見える。


 ヒメネスはもう一度スイッチを押した。何も起きない。

 次に彼女はスイッチをぶんぶんと縦に振ってみた。やはり何も起きない。


「どうなっているんだ、勘弁してよ」


「機関室に行って確かめよう。急ぐぞ」

 ヒメネス博士と、ペドロ親方は機関室に向かって駆けだした。


 時間がない。リンドウ船団側はアゲハの小型船を攻撃してしまったのだ。


 ヒメネスの思惑とは逆に、この時点でいくさを仕掛ける大義名分を持つのはアゲハだった。


 こうしている間にもアゲハからの攻撃が始まるかもしれない。


 旗艦リンドウ丸の下層にある、機関室。

 ペドロ親方がここの責任者。なかには数人の乗組員がいた。

「おや親方、ヒメネス博士、どうしたんです?」


「ん、おお、ちょっとな」

「お勤めご苦労様」


 二人は平静を装う。

 機関室にアゲハの小型船墜落の報は、まだ届いていないようだ。


 ペドロ親方が部下たちと世間話をはじめた。そのすきにヒメネス博士が一人で機関室の奥へと進む。爆弾を仕掛けた場所。


 ヒメネス博士は慎重に歩を進めた。何せ彼女は爆弾の起動スイッチをすでに押してしまっている。


 何かの拍子で今ごろ爆発する可能性がゼロではなかった。


 目的の場所にたどり着いた。ヒメネスは目の前の状況が理解できずその場に立ち尽くした。


 爆弾が無くなっている。


 あまりに動揺したヒメネス博士は、後ろから近づく人影にしばらく気づかなかった。

 気配を感じてはっと振り向くと、そこにはハツがいた。


「ハツちゃん?」


 ハツは静かな表情でヒメネス博士のことを眺めている。


「ごめんなさいヒメネス博士。わたしはあなたが思うほど正直なAIヒューマノイドではなかった」


「え……何、どうしたの?」


 ハツはヒメネスの問いには答えずに、淡々と自分が話すべきことを口にした。


「ペドロ親方は知っているのでしょうか? ムニョスの側近一ノ瀬アンの正体は、ヒメネス博士、あなただということを」


「な……!」

 ヒメネス博士の顔がこわばった。ハツがそのようなことを言うのはあり得ないはずだった。彼女は状況を理解しようと迅速に思考を巡らせた。


 そして彼女はため息を一つついた。

「彼は知らないよ。……おかしいな、ハツちゃん、わたしはあなたの記憶を消したはず。どうして一ノ瀬アンのことを覚えているのだろう?」


「ただの偶然なんですけどね。最初に一ノ瀬アンとアゲハ号に行ったとき、わたしはカスタマイズスキルの一つ『忍たま』を装備した」


「ああ、君は後付けでスキルのカスタマイズができるタイプだったね」


「はい、そうです。あのとき、あなた、一ノ瀬アンはわたしを小さな部屋に閉じ込めました。わたしは大人しく閉じ込められているつもりなどなかったので、忍たまスキルを使ってそこから脱出しました。忍たまスキルは扉を開けたり、敵に見つかりにくくしたりできるのが特徴です。で、わたしはそれがすべてだと思っていたんですが、じつはこれ、毒に対する耐性ができるスキルだったんですよ。わたし忍者が何なのかよく理解はしていないんですけど、凄いものなんですね」


「記憶消去キャンディを無効化していたのか……!」


「そんなことを意図していたわけではないんですけどね。結果としてそうなったので、今日まであなたの企てを一通り拝見させていただきました。それで、自分の船に爆弾を仕掛けるのはさすがにやりすぎだというわたし個人の判断で、さきほどそれを撤去しました。ごめんなさい」


「君の仕業だったか。やってくれる。しかし、どうして今日までおとなしくわたしに従っていたの?」


「どうしてでしょうねえ……。わたしはリンドウ丸での仕事を愛していたので、なんとかリンドウとアゲハのいくさを未然に防ぐことはできないだろうかと考えていました。でも具体的にどう動けば良いものか分からなかったというのはあります。ほかにそうですね……、ユキナガくんがヒメネス博士とも、一ノ瀬アンとも親しくしているようだったので、できれば彼に本当のことを知ってほしくなかったのかもしれません。あなたの明るい言動の陰に隠れたたくらみや、ヒメネス博士が一ノ瀬アンに変身していることを知らないままにしておきたかった。彼にとってマリア・ヒメネスを楽しい思い出のままにしてあげたかった。……わたしは甘いですね」


「……なるほど、なるほどねえ。あはは」

 ヒメネス博士は自嘲気味に笑い出した。


「してやられたよ。でもね、ハツちゃん、あなたひとつ勘違いをしている」


「はて、なんでしょう?」


 彼女はハツにもう一度笑みを見せた。燃えるような微笑み。

「わたしはマリア・ヒメネスじゃない」

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