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第62話 ムニョスとの密談

 名古屋観光から数日後、ユキナガはアゲハ号へ招かれた。

 エスカミーリョ・ムニョス男爵との個人的な面会のためだ。


 彼の日記でも、この日のことは書かれている。

 招かれた理由は、先日のプロ野球観戦におけるユキナガの丁寧な対応を、アゲハ船団最高司令長官ムニョスが直々に讃えるためとされた。


 真の目的についてはひとことも触れられていない。


 アゲハ号へは、名古屋で名ガイドぶりを披露したロッテおばさんとともに招かれた。


「あわわわ、緊張で心臓が口から飛び出ちゃいそうだよ、ユキナガくん」

「大丈夫ですよ、おばさん」


 初めて見るアゲハ号の内部は、ユキナガにとってとても興味深かった。質実剛健なリンドウ丸とは外見だけでなく中身もだいぶ違う。


 アゲハ号はどことなく宮殿を思わせるような柱や、絵画、置物などがそこここにあった。

(どれも一応固定はされているようだけど、もし戦闘をすることになったらいろいろ邪魔になりそうだなあ)


 リンドウ船団の代表として招かれるのだからと、二人とも18世紀の舞踏会にでも出るかのような、礼服とドレスをお仕着せられた。

 本人は体形を気にしていたが、ロッテおばさんのピンクのドレスは彼女にとても似合っていた。


 ムニョスと同席しているところを、記者たちがしばらく写真に撮り続けた。

 絶え間なく焚かれるフラッシュ。ユキナガは前世でのプロ野球入団会見を思い出していた。


 彼が笑顔をキープしたままで器用に「早く終われや」とか、「長いんじゃボケ」とか毒づくので、となりのロッテおばさんが吹き出しそうになっていた。


 取り囲む人々のむこうで、一ノ瀬アンが歩いて行くのをユキナガは見つけた。

「アンだ」

 向こうも気づいたようで、一回通り過ぎかけてから、二度見して戻って来た。


 囲みのカメラマンの横で、彼女は口の動きで(あなた何をやっているのよ)とつぶやいた。

 ユキナガが浮かれて見えているのだろう。アンはあきれているようだった。


 ユキナガは満面の笑みを彼女に向けて送った。


 写真撮影のあと、形式ばった会見が行われた。それが終わりムニョスの個室に移動。


 やっとユキナガたちはムニョスとオフレコで話すことができた。


 ロッテおばさんも交えて話は弾んだ。ムニョスもガイドをしたときの彼女の心配りには感心していた。


「ムニョス男爵は、こうして話してみると、ごく普通の素敵なお兄さんねえ」

 ロッテおばさんは言ってから口に手をあてて(しまった)という顔になったが、それを咎めるものはここに誰もいない。


「そうなの。俺は素敵なお兄さんなの。世の中の連中にはもっとそこのところをわかってほしいわけよ。ま、性悪な変わり者あつかいも仕方ないけどね。いろいろ悪いことをやってきたから、俺は」


 途中でムニョスは一度退席した。彼は忙しい。入れ替わるように一ノ瀬アンが姿を見せた。

「……あまりムニョス男爵と親しくしない方がいいかもしれませんよ。リンドウには良く思わない人がきっといる」

「わかっているよ、君に迷惑はかけない」


 アンは静かにユキナガを見つめて、そして部屋から出て行った。

 

 アゲハ号の側面には、外にせりだしたバルコニーのようなところがある。ユキナガとムニョスは二人だけでそこに出た。夕暮れどきの空が美しかった。


 そして『本題』について話した。


 逃亡計画。ナゴヤ球場でムニョスがユキナガに持ち掛けた。


「前の時空遠征の時とは俺も立場が違う。公式行事の一部としてでないと、さすがに外出はできない」


「もう一度、野球観戦ツアーの体をとりましょう。そして一緒に逃げるタイミングを伺う」


「いいね。であれば夏目殿。俺は是非とも見たい試合があるんだが」

「え、それは……?」


「天覧試合。長嶋茂雄のサヨナラ本塁打」

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