第54話 ロッテおばさんのガイドツアー
ハツは公園のベンチに腰掛けてぼんやりしていた。野球の練習着からは着替えていた。
「おや、どうしたのハツちゃん?」
「ロッテおばさん。ちょっと物思いにふけっているというやつでしょうか」
「これからわたしが名古屋をガイドするの。よかったらあなたも聞いて」
「ではそうします」
ツアーのしきりなおし。リンドウとアゲハ、それから記者たちを含めて20名前後。
面子のなかに、ユキナガがいなかった。みゆみゆもいない。
「ではあらためまして、わたくしロッテがみなさんのご案内を務めます。よろしゅう!」
あかるくふるまうロッテおばさんだったが、正直参加者たちの空気は重い。ついさっき敵襲を受けて命の危険にさらされたのだから無理もない。上層部の話し合いでツアーの続行が決まったものの、できれば早く帰りたいというのが本音だったろう。
ロッテおばさんが赤い小旗を掲げて歩いていく。ハツはロッテおばさん念願のガイド仕事がうまくいくかどうか、とても心配だった。
「あちらに見えますのがエビフライ屋さんでございまーす。『1980年代にタモリさんのせいでえびふりゃーと呼ばれるようになる前のエビフライ』という、とてもとても貴重なものだとユキナガくんって子が言ってました。そうよねユキナガくん、ありゃいない」
とぼけた口調に、参加者からくすりと笑いがもれた
「立派なお城が見えるのに、さしおいてエビフライの話をしちゃったので戸惑ったかもしれませんが、あれが名古屋城。格好いいですねえ。金のしゃちほこが素敵」
「へえ、名古屋にお城があったんだ」
「三大名城のひとつですよ」
「まわりの他の建物と建築様式がずいぶん違う。何百年も大切に保存されてきたんですね」
「この天守閣は18年前に復元されたものですね」
「なんだ本物が見たかった」
「ああ、そうかもしれませんねえ」
ロッテおばさんの語り口がとても親しみやすいので、一方的ではなく、参加している人たちと世間話をしているようだった。
「本物かと言われれば違うかもしれない。軍事的な意味での存在価値はもうない。建物が無くなって土台の石垣だけとなった姿を、さみしくても愛した人がいたかもしれない。でもね、『それでももう一度大きなお城を作りたかった』人々の心意気をみなさんに見てほしかったのよ」
パンと大きな音がした。さっきのロルバーン襲撃を思い出して参加者の数名がびくっと驚いたが、それは通りがかった子供の風船が割れただけだった。
一瞬、ツアーの空気が壊れかけたが、ロッテおばさんが変わらぬ明るい口調で話を続ける。
「あービックリした。ねえ、そこの強そうなお兄さん。変な人が来ないか見張っててね。そこの黒い鳥ちゃんもよろしくね。あなたよく見るとかわいいわね」
強そうなグスタフは苦笑い。
黒い鳥呼ばわりされたブラックウィングは言語を話さないが、あきらかに戸惑っている。
最新鋭戦闘AIがこんないじり方されるなんて後にも先にもこのときだけであったろう。
「ガイドさん、すごく勉強していますね」
「ユキナガくんって子からの受け売りばっかりよ。うそだったらごめんねー」
腹の中では様々な思惑がうごめく人々ではあったが、みんなが一緒に笑っていた。
まるですべてが解決したような、これからうまくいくような、そんな錯覚にほんの短い時間ではあったが浸ることができた。
「感服した」
気難しい顔をしたおじさんがそうつぶやいたのを、ハツは聞いていた。
ロッテおばさんのことを、ハツは今まで以上に好きになった。
この日のツアーがもつ歴史的意味合いはいくつかあったが、その一つが『田中ハツがガイドの仕事にあこがれを持った』というものだった。




