第50話 初陣バッテリー
「失踪なんてとんでもありません。あとから必ず戻るつもりでした」
「うそをつくな!」
ユキナガとハツはグスタフに怒鳴られてもしれっとしていた。
彼らの格好は、作業服のようで、でもヒメネス博士たちにとっては初めて見る不思議なものだった。そして二人ともなぜか泥だらけ。
「……その格好で、君たちはいったい何をしていたんだ?」
ヒメネスの質問にユキナガは、にやっと笑った。
「なに笑ってんだユキナガ氏、わたしの権限で、この場での処刑を行っても法的に許されるほどの状況だというのに」
「9回2失点被安打5」
「は?」
ユキナガの言った数字は何のことだかわからない。
「いまなんといった?」
「9回2失点被安打5、12奪三振。僕が勝ち投手だ。やってやった。処刑がどうした。僕は野球をやったんだ、人生最高の日だ」
ユキナガの顔は輝いていた。こんな顔をする子だったのか。ヒメネスは意外に感じた。
ユキナガの答えがよくわからないのでヒメネス博士はハツにたずねた。
「ハツちゃん、彼は何を言っているのだろうか?」
「4打数3安打2打点」
「いや、お前もかい」
「そして盗塁1」
「そうそうそう、あの三盗は凄かった。スタートが完ぺきだった。あれが決勝点につながったんだ」
「自分でもあの走塁は会心でした。キャッチャースキルに忍たまスキルの上乗せがあったのかもしれない」
ふたりで盛り上がっている。
「……ったく、まじめに話をしている自分がアホらしくなってきた」
それはヒメネス博士の理解を超える出来事だったが、つまりユキナガとハツは、この1977年の名古屋で、高校野球の練習試合に乱入して大活躍して見せたのだ。
もちろん最初は拒否られた。
「女にキャッチャーができるものか。野球をなめるな」
「ユキナガくんなにあいつ感じ悪い。」
「いいねえ、昭和だねえ」
「わたし昭和嫌いかも」
ユキナガはユキナガで、坊主頭の部員に言われた。
「なんだそのみっともない髪は。ジト目のつんつん頭に野球などできるものか」
「目つきは関係なくない?」
ユキナガは部員たちの前でピッチングを披露して見せた。
シバのすけと一緒に鍛え上げた、そしてハツと一緒にさらに進化させた剛速球。
野球部員たちの見る目が一瞬で変わった。
「速い。何てスピードだ」
「これ、勝てるのでは」
「練習試合だし、向こうが許可すれば問題ないかも」
実のところ彼らのチームは主力ピッチャーにケガ人がいて、今日の試合相手の強豪校に惨敗するのは確実な状況だった。
「……仕方ない。特別に投げさせてやってもいい」
「ほんとですか!」
そして二人は投打にわたって活躍をして、強豪校相手に見事勝ち切って見せたのであった。
ユキナガ達が詰問されていたのは、野球のグラウンドの端っこでだった。
向こうではふたりが助っ人をした高校の部員たちが手をふって帰るところだった。
敗れた強豪校の監督もこっちを見ていた。ユキナガが彼に向かって叫んだ。
「ねえ、僕のこと入学させてくんない?」
監督が何かを言う前に、グスタフがユキナガを引きずって、持って行ってしまった。
「お前いい加減にしろよ」
「くそー、入りたかったな東邦高校」
「わたしも強いチームと試合ができて面白かった」
「ハツはバンビから3本ヒットを打ったんだ。大したもんだよ」
「バンビさんというんですか。いいピッチャーでしたね」
「甲子園準優勝投手だ」
なおも盛り上がり続ける二人をよそに、グスタフはヒメネス博士に進言をした。
「これは明らかな厳罰対象です。しかしアゲハにこの不祥事を知られるのは良くないかと」
「うむ、連中は喜んで議会でつっついてくるだろうね。どうしたものか」
「やはりこの場で、内密に、処分するしかないでしょう。心苦しくはありますが」
そのときリンドウの重臣が一人が現れた。
「ん、どうした。何かあったか?」
「緊急事態です。ムニョス男爵が襲撃されました」




