第49話 名古屋
リンドウ丸の廊下を、メイド服姿の小柄な少女が風のように駆け抜けていった。
黒髪とピンクのツインテールがなびいた。
「何をやっているのじゃ、あのバカは……!」
ユキナガと、そのパートナー、ハツが姿を消した。
1977年の名古屋で。
情報が届いて、みゆみゆはいてもたってもいられず駆けだした、
彼女は外出の許可を取りにリンドウ丸船内の総務局へ向かった。
過去世界へ外出するには厳密な手続きがある。そんなことは百も承知のみゆみゆであったが、アイドルとしての船団へのこれまでの貢献実績をありったけ乱用するかのように強引に詰め寄り、そして許可を得た。
「わたしが見つける。見つけて、めっちゃしばく」
そのころ名古屋では、表向きは平静にツアーが進んでいた。
エスカミーリョ・ムニョス男爵と、ヒメネス博士。アゲハ船団とリンドウ船団のトップ会談。
二人とも和やかな表情で名古屋の街を歩きながら会話をしていた。
「ヒメネス博士、君にもう一度会えるとは思っていなかったよ」
「どうも、不死身のヒメネスです。ムニョス殿はご結婚が決まったそうで、おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。トライフォース財閥の令嬢だ。まだあったことはないが」
「美しい人だと聞いています。財閥との関係は強まるうえに、連れて歩くにもちょうどいい。いいアクセサリーが選べてよかったね」
「博士には負けます。リンドウグループの重役であるあなたが現場の一作業者を伴侶に選んだ。不釣り合いではあっても、それによって、現場に理解のある良き指導者というレッテルを手に入れることができた。見事です」
「気をつけることです、賢明なるムニョス。このわたしとて家族への侮辱には寛容になれないかもしれない」
ロッテおばさんはツアーを先導しながら二人の様子をうかがっていた。
(会話が弾んでいるようで良かったわ。リンドウとアゲハは過去にいろいろあったけれども、このツアーが良好な関係を結ぶ手助けとならんことを。ああ、こんな大事な時にユキナガくんたちはどこ行っちゃったのかしら)
ヒメネス博士のすぐ前をグスタフが歩いていた。彼も今日はこの時代に合わせた格好をしていた。ウエスタンシャツに茶色のフレアスラックスというスタイル。博士が選んでくれた。
金髪の彼は人目を引いた。名古屋の道行く女性たちがときおり振り返っていた。
「グスタフ、挨拶はひととおり終わったし、少し離れるよ。わたしも休みたい。ああ、一人で大丈夫」
「承知」
さりげなくツアーの一団からそれていくヒメネス博士。彼女の背中にムニョスが声をかけた。
「気を付けることだ。我々の遠征に反対する勢力があなたを狙っているという情報もある」
「へえ、わたしはあなたが狙われていると聞いたよ?」
ヒメネスは名古屋の街を見渡しながら一人で少し歩いた。
「またこの時代の映画見たいなあ。大きい画面に映して入場料を取るなんて、いいことを考えてくれた人がいたもんだ」
彼女が生きる数百年未来の世界でも、映画館は一応ある。
でもソフト数が圧倒的に足りない。古い時代の映画は持ち帰ることが制限されていて、なかなか手に入らない。
新作映画も作られてはいるがあまり面白くない。彼女はもっといろいろな物語に触れたかった。
(それにしてもユキナガ氏はどこに行ったのか……)
失踪者を出すというのはこのプロジェクトにとって非常にまずい。
道端の公衆電話ボックスにヒメネス博士がさっと入った。少しの間があって、電話ボックスの扉は開いた。
中から出てきたのは一ノ瀬アンだった。
アンはツアーの人々に追いついた。
彼女はムニョスに近づいて行った。
「男爵、遅れて申し訳ありません。一ノ瀬アンただいま到着いたしました」
「ああご苦労。この時代の洋服もよく似合っているね」
「お褒めにあずかり光栄です」
アンは花柄のブラウスに、腰から足にかけて広がるシルエットのパンツという格好だった。
彼女はムニョスに小声でいくつかの事務連絡をした。
「記者たちの質問に答える場所が、警備の関係上変更となりました」
「わかった。万事任せる」
アンはムニョスの秘書、アゲハの外交官としての立場なのでリンドウ船団の者たちにも面識がある。ときおりリンドウ丸船内にいたとしても怪しまれはしない。
(それにしてもユキちゃんはどこに行っちゃったのでしょう……)
アンは、ヒメネス博士の忠実なる騎士グスタフが大急ぎで走ってくることに気づいた。
どこかから戻ってきたようだ。
グスタフはアンの視線に気づいたが、すぐに苛立たし気に目をそらした。それどころではないようだった。
彼はヒメネス博士を探していた。
「男爵。しばし離れます」
「ああ」
アンは近くのデパートの回転ドアに向かった。
ドアをくぐってすぐに出てきたのはヒメネス博士だった。
ヒメネス博士が現れるとグスタフはすぐに彼女のもとに駆け寄った。
「グスタフどうした」
「ヒメネス博士、見つかりましたあのバカたちが!」
「見つかったか、あのバカたちが!」




