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第48話 ユキナガ20世紀に立つ

「てなわけで、明日は厨房の仕事を休むね。1977年、昭和52年の日本へ僕も一緒に行くことになった」


「20世紀見物か。いいご身分じゃのう」


 みゆみゆの表情は、言葉とは違って柔らかいものだった。


 ユキナガとみゆみゆは、今日も仕事終わりに厨房でお茶を飲んでいた。


「ああ、そうだ。特に深い意味はないんだけど、ミユ、一個お願いがあるんだ」

「なんじゃ?」


「せっかくアイドルと一緒の職場なのに、まだだったなあと思って。僕と握手してください」


「はあ? なんじゃ急に。……別に良いが」


 二人は席を立って、みゆみゆはうつむきながらユキナガの手を握った。


「僕はあなたのファンです」

「なにがファンじゃ。この船に乗るまでわたしのことを知らなかったくせに。屈辱じゃ、これでも中高生の間ですごく知名度があるんじゃぞ、わたしは」


 ユキナガは手をはなし、みゆみゆから離れた。

「じゃ、またあさって」

「……うむ」


 ユキナガは厨房を出た。最初の角を曲がったところに、ハツが立っていた。


「やあハツ、いまから君のところへ行こうと思っていたんだ。あ、良かったらハツもお茶を飲んでいくかい? 厨房にミユがまだいるよ」


「ありがとう。でも、今夜はいいかな」

「そ?」


「散歩しましょ。薄暗―いこの船の廊下って、なんだか好きなの」


 ユキナガとハツは、赤い小さな明かりがところどころに灯る廊下を歩いた。


 この船に乗ってから結構経っていたが、行ってもいいけれど行ったことのない場所はまだあちこちにある。


「1週間くらい会えなかったね、ハツ。元気だったかい?」

「案外、楽しくやっていました。うん、そう。ユキナガくん、わたし機関室で働くこの生活が楽しいのよ」


「それは良かった」

「ユキナガくんは楽しくない?」


「貴重な体験をしているとは思う。でも、僕の目的はこういうことじゃない」


「わたしも、ついこの間まではこんなことになるとは思っていなかったわ。でも楽しい。誰かの役に立つことができている。幸せ。これが正解でもいいのかなって、ちょっと思ってる」

「ふうん」

 ユキナガはハツの言葉が少し意外だった。


 ふたりは甲板の出入り口の近くまで来た。

 ユキナガは窓から外の様子を見た。


「これってさあ、この時間に甲板に出たら怒られるのかな」

「怒られるでしょうね。でも、そんなには怒られないかも」


「うん、僕もそう思う。出ちゃおう。キャッチボールやろう」

「いいですね!」


 外は月明かりがとてもきれいだった。十分に明るい。ユキナガもハツも、その青白い光の中に飛び出してみたかった。


 リンドウとアゲハの両船団が今回の拠点と定めた時代は1959年、昭和34年の世界だった。そこからさらに過去の世界へ進むことは、現時点ではできないが、未来の世界の方向へ小刻みに移動することはできる。


 1959年を最深部とする移動を繰り返すことによって20世紀中期、後期の世界の調査が今後行われることになる。

 そして今日、彼らは1977年の名古屋にいた。


 リンドウのヒメネス博士。アゲハのエスカミーリョ・ムニョス。それぞれの重臣たち。

 昭和の日本を歩いていても違和感のない格好をしている。


「あれがムニョスか。遠くてよく見えないが、雰囲気ある男だな」


 ユキナガ、それからハツもこの歴史的な会合に同行を許され、集団の端の方へ控えていた。


 ユキナガは自分の学生服。ハツも私服のカーゴパンツ。この時代でもなじんでいる。

 それからグレーのリュックもユキナガは持ち歩いていた。


 ユキナガはいま昭和52年の街を歩いている。流れる音楽、ポスター、売っている雑誌。ユキナガが若者として前世を生きたのはもっと未来の時代だったが、それでも彼にとって懐かしさがあふれていた。

「ハツ、僕はこの世界に来たかったんだ」


 日本政府の人間も何人かいるらしい。

 親善の意味合いもあり、タイムスリップが実際にできることを体験してもらう目的もあった。


 なぜかあいつもいた。いつぞやみゆみゆにしつこく質問を浴びせていた男。

 どうやら記者らしい。今日の様子を未来世界で記事にする。


 そしてこの混とんとしたツアーを率いるのは赤い小旗をもったロッテおばさんだった。


 彼女が願っていたツアーガイドとしての仕事。ユキナガが彼女に依頼した。

 自前のガイド風制服が良く似合っている


「みなさま右手をごらんくださーい。あれがナゴヤ名物の電波塔でーす!」


 そのころみゆみゆはリンドウ丸厨房の床をモップで掃除しながら、どこか上の空だった。


 昨日の夜のユキナガは明らかに変だった。彼の様子を思い出すと、不安な気持ちになった。


「あいつは何を考えているんだろう。まるでもう会えないみたいだった」


 ツアーが始まって1時間は経った頃だったろうか。通信が入った。


 みゆみゆは受話器を取った。ロッテおばさんの声だった。慌てている。


「どうしよう。ユキナガくん、いなくなっちゃった!」


 みゆみゆの手から、受話器が滑り床に落ちた。

 不吉な音が厨房にひびき渡った。

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