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第42話 みゆみゆの憂鬱

 彼女、みゆみゆは困っていた。


 プロのアイドルとしての実力もプライドもある彼女は、決してファンたちに心の内を気付かれるようなミスはしないが、内心困っていて、結構なストレスを感じていた。


 向こうでユキナガはハツと楽しくボール遊びか。のんきじゃの。


 ハツのことは好きだが、ユキナガはどうも気に入らない。


 乗員たちがリンドウ丸の甲板でひたたぼっこをしていたところに、アイドル型AIヒューマノイドみゆみゆが現れて、何人もが集まってきた。


 みゆみゆとしては、握手をして、それから即興で何かを歌って、あとはもう自分の持ち場である厨房へ戻ろうとしたのだが、乗員たちの中に根堀葉堀彼女についての質問をぶつけてくるものたちがいた。


 最初は無邪気な質問ばかりで、みゆみゆは冗談を交えつつそれに答えていたのだが、だんだんと彼女のプライベートや過去のことに踏み込んできた。


「ねえねえ、みゆみゆさんは、どうしてパートナーがいないの?」

「だって、わたしはみんなのみゆみゆだから!」


 どっと笑い声が起こる。


 ユキナガがこちらを振り返ったような気がした。今の会話が聞こえたなら不思議だったろう。


 AIヒューマノイドは人間の所有者を登録することが原則だ。


 ハツもユキナガに出会ってから、所有者名義登録を役所で済ませたうえでこのリンドウ丸に乗船したと聞く。


 AIヒューマノイドにも人権に準ずるようなものが保証されていて、所有者がいなくとも逮捕されるようなことはないが、生活の折々で不便となることはあって、いわゆる野良AIというのはいまどきほとんどいない。


「昔の所有者が亡くなって、その人に操を立ててずっと一人なのだと聞いたことがあります、

本当ですか?」

「うーん、どうかなあ?」


「すでにAIヒューマノイドを1体所有してた人間が、あなたも所有しようとして、AIどうしの嫉妬で、苛烈な争いがあったと聞いたこともあります」

「へえ、そんな話があるんだ? どうだったかなあ、てへ!」


 みゆみゆへの質問はいつまでも続いた。彼女は笑みを絶やさず答え続けている。


 誰もが楽しい素敵な時間。


 ユキナガが、ハツとのキャッチボールの合間にまたこちらを見たような気がした。


 特になんの芸も持っていなくて、気の利いた振る舞いがなにもできない男。

 

 投げるボールはなぜだかやたら速い。さっきからどんどん速くなっているような。


「それと、こんな話もありました。わたくし個人としてはこの話が一番興味を引いたのですが」

 

 一人、本当にしつこくみゆみゆへの質問を続ける男がいた。


「あなたは人間へ恋愛感情をもつ特性をもっていた。少数ではありますがそういうAI個体は存在します。AIに恋愛感情をもつ人間も、時としています。うまいこと嗜好が一致すればいいですが、なかなかそうはいかない。あなたはセクシャリティの不一致がもとで所有者と別れた。そのときの心の傷をいまだ引きずっている」


「素敵、わたしは悲しい恋物語のヒロインなのね」


 なんなのじゃ、これはいったいいつまで続くのじゃ。体感的には10時間くらいこうやっている気分じゃ。苦行にすぎる。


「これは提案なのですが、どうでしょうみゆみゆさん、いや高桑モスコミュールさん。あなたの半生をわたくしによって書籍にさせていただくというのは? あなたは少なくない知名度を持つAIヒューマノイドだ。あなたについての本は必ず大きな反響を起こすことができる。あ、名刺があります。わたくしはですね……」


 このときユキナガの左足がいままでで一番高く上がった。


 ボールを投げる瞬間のユキナガの口の動きに、みゆみゆは気づいた。


 黙れよ、クズ。


 ユキナガはハツの青いミット目掛けてボールを投げ込んだ。


 さっきまでよりはるかに速い、ものすごいボールだった。

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